高品質 スタンダードマットS ライト 一番の贈り物 グレー 直送品 120×1000cm

スタンダードマットS ライト・グレー 120×1000cm (直送品)

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42000円

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商品仕様 メーカー クリーンテックス・ジャパン ブランド クリーンテックス・ジャパン(KLEEN-TEX)
カラー ライト・グレー 寸法 120×1000cm

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織田作之助と井原西鶴の書籍を新字新仮名でテキスト化します。

      九

 主人は痘痕面《あばたづら》である。御維新《ごいっしん》前はあばた[#「あばた」に傍点]も大分《だいぶ》流行《はや》ったものだそうだが日英同盟《にちえいどうめい》の今日《こんにち》から見ると、斯《こ》んな顔は聊《いさゝ》か時候|後《おく》れの感がある。あばた[#「あばた」に傍点]の衰退は人口の増殖と反比例して近き将来には全く其《その》迹《あと》を絶《た》つに至るだろうとは医学上の統計から精密に割り出されたる結論であって、吾輩の如き猫と雖《いえど》も毫《ごう》も疑《うたがい》を挟《さしはさ》む余地のない程の名論である。現今《げんこん》地球上にあばたっ面《つら》を有して生息《せいそく》して居《い》る人間は何人位あるか知らんが、吾輩が交際の区域内に於《おい》て打算して見ると、猫には一匹もない。人間にはたった一人《ひとり》ある。而《しか》して其《その》一人《ひとり》が主人である。甚《はなは》だ気の毒である。
 吾輩は主人の顔を見る度《たび》に考える。まあ何《なん》の因果でこんな妙な顔をして臆面《おくめん》なく二十世紀の空気を呼吸して居《い》るのだろう。昔なら少しは幅も利《き》いたか知らんが、あらゆるあばた[#「あばた」に傍点]が二の腕へ立ち退《の》きを命ぜられた昨今《さっこん》、依然として鼻の頭や頬の上へ陣取って頑《がん》として動かないのは自慢にならんのみか、却《かえ》ってあばた[#「あばた」に傍点]の体面に関する訳だ。出来る事なら今のうち取り払ったらよさそうなものだ。あばた[#「あばた」に傍点]自身だって心細いに違いない。夫《それ》とも党勢不振の際《さい》、誓って落日《らくじつ》を中天《ちゅうてん》に挽回《ばんかい》せずんば已《や》まずと云う意気込みで、あんなに横風《おうふう》に顔一面を占領して居《い》るのか知らん。そうするとこのあばた[#「あばた」に傍点]は決して軽蔑の意《い》を以《もっ》て視《み》るべきものでない。滔々《とう/\》たる流俗《りゅうぞく》に抗《こう》する万古《ばんこ》不磨《ふま》の穴の集合体であって、大《おおい》に吾人《ごじん》の尊敬に値《あたい》する凸凹《でこぼこ》と云って宜《よろ》しい。只きたならしいのが欠点である。
 主人の小供のときに牛込《うしごめ》の山伏町《やまぶしちょう》に淺田《あさだ》宗伯《そうはく》と云う漢法の名医があったが、此《この》老人が病家《びょうか》を見舞うときには必ずかご[#「かご」に傍点]に乗ってそろり/\と参られたそうだ。所が宗伯老が亡《な》くなられて其《その》養子の代《だい》になったら、かご[#「かご」に傍点]が忽《たちま》ち人力車に変じた。だから養子が死んで其《その》又養子が跡を続《つ》いだら葛根湯《かっこんとう》がアンチビリンに化けるかも知れない。かご[#「かご」に傍点]に乗って東京市中を練《ね》りあるくのは宗伯老の当時ですら余り見っともいゝものでは無かった。こんな真似をして澄《すま》して居たものは旧弊《きゅうへい》な亡者《もうじゃ》と、汽車へ積み込まれる豚と、宗伯老とのみであった。
 主人のあばた[#「あばた」に傍点]も其《そ》の振《ふる》わざる事に於《おい》ては宗伯老のかご[#「かご」に傍点]と一般で、はたから見ると気の毒な位だが、漢法医にも劣らざる頑固《がんこ》な主人は依然として孤城|落日《らくじつ》のあばた[#「あばた」に傍点]を天下に曝露《ばくろ》しつゝ毎日登校してリードルを教えて居《い》る。
 かくの如き前世紀の紀念を満面に刻して教壇に立つ彼は、其《その》生徒に対して授業以外に大《だい》なる訓戒を垂れつゝあるに相違ない。彼は「猿が手を持つ」を反覆《はんぷく》するよりも「あばた[#「あばた」に傍点]の顔面に及ぼす影響」と云う大問題を造作《ぞうさ》もなく解釈して、不言《ふげん》の間《かん》に其《その》答案を生徒に与えつゝある。もし主人の様《よう》な人間が教師として存在しなくなった暁《あかつき》には彼等生徒は此《この》問題を研究する為めに図書館|若《もし》くは博物館へ馳《か》けつけて、吾人《ごじん》がミイラに因《よ》って埃及人《エジプトじん》を髣髴《ほうふつ》すると同程度の労力を費《つい》やさねばならぬ。是《この》点から見ると主人の痘痕《あばた》も冥々《めい/\》の裡《うち》に妙な功徳《くどく》を施《ほど》こして居《い》る。
 尤《もっと》も主人は此《この》功徳《くどく》を施《ほど》こす為に顔一面に疱瘡《ほうそう》を種《う》え付けたのではない。是でも実《じつ》は種《う》え疱瘡《ぼうそう》をしたのである。不幸にして腕に種《う》えたと思ったのが、いつの間《ま》にか顔へ伝染して居たのである。其頃《そのころ》は小供の事で今の様《よう》に色気もなにもなかったものだから、痒《かゆ》い/\と云いながら無暗《むやみ》に顔中引き掻いたのだそうだ。丁度噴火山が破裂してラヴァが顔の上を流れた様《よう》なもので、親が生んでくれた顔を台なしにして仕舞った。主人は折々《おり/\》細君に向って疱瘡《ほうそう》をせぬうちは玉の様《よう》な男子であったと云って居《い》る。浅草《あさくさ》の観音様で西洋人が振り反《かえ》って見た位奇麗だった抔《など》と自慢する事さえある。成程そうかも知れない。たゞ誰も保証人の居ないのが残念である。
 いくら功徳《くどく》になっても訓戒になっても、きたない者は矢っ張りきたないものだから、物心《ものごゝろ》がついて以来と云うもの主人は大《おおい》にあばた[#「あばた」に傍点]に就《つい》て心配し出して、あらゆる手段を尽《つく》して此《この》醜態を揉《も》み潰《つぶ》そうとした。所が宗伯老のかご[#「かご」に傍点]と違って、いやになったからと云うてそう急に打ちやられるものではない。今だに歴然と残って居《い》る。此《この》歴然が多少気にかゝると見えて、主人は往来をあるく度《たび》毎《ごと》にあばた[#「あばた」に傍点]面《づら》を勘定してあるくそうだ。今日何人あばた[#「あばた」に傍点]に出逢って、其《その》主《ぬし》は男か女か、其《その》場所は小川町《おがわまち》の勧工場《かんこうば》であるか、上野《うえの》の公園であるか、悉《こと/″\》く彼の日記につけ込んである。彼はあばた[#「あばた」に傍点]に関する智識に於《おい》ては決して誰にも譲るまいと確信して居《い》る。先達《せんだっ》てある洋行帰りの友人が来た折《おり》なぞは「君《きみ》西洋人にはあばた[#「あばた」に傍点]があるかな」と聞いた位だ。すると其《その》友人は「そうだな」と首を曲げながら余程考えたあとで「まあ滅多にないね」と云ったら、主人は「滅多になくっても、少しはあるかい」と念を入れて聞き返した。友人は気のない顔で「あっても乞食《こじき》か立《たち》ん坊だよ。教育のある人にはない様《よう》だ」と答えたら、主人は「そうかなあ、日本とは少し違うね」と云った。
 哲学者の意見によって落雲館との喧嘩を思い留《とま》った主人は其後《そのご》書斎に立て籠ってしきりに何か考えて居《い》る。彼の忠告を容《い》れて静坐の裡《うち》に霊活なる精神を消極的に修養する積《つもり》かも知れないが、元来が気の小さな人間の癖に、あゝ陰気な懐手《ふところで》許《ばか》りして居ては碌《ろく》な結果の出様《でよう》筈《はず》がない。夫《それ》より英書《えいしょ》でも質《しち》に入れて芸者から喇叭節《らっぱぶし》でも習った方が遙かにましだと迄は気が付いたが、あんな偏屈な男は到底猫の忠告|抔《など》を聴く気遣《きづかい》はないから、まあ勝手にさせたらよかろうと五六日は近寄りもせずに暮した。
 今日はあれから丁度|七日目《なぬかめ》である。禅家《ぜんけ》抔《など》では一七日を限って大悟《たいご》して見せる抔《など》と凄《すさま》じい勢《いきおい》で結跏《けっか》する連中《れんじゅう》もある事だから、うちの主人もどうかなったろう、死ぬか生きるか何《なん》とか片付いたろうと、のそ/\椽側《えんがわ》から書斎の入口迄来て室内の動静を偵察に及んだ。
 書斎は南向きの六畳で、日当りのいゝ所に大きな机が据《す》えてある。只大きな机ではわかるまい。長さ六尺、幅三尺八寸高さ之《これ》に叶《かな》うと云う大きな机である。無論|出来合《できあい》のものではない。近所の建具屋《たてぐや》に談判して寝台兼机として製造せしめたる稀代《きたい》の品物である。何《なん》の故《ゆえ》にこんな大きな机を新調して、又|何《なん》の故《ゆえ》に其上《そのうえ》に寝て見様《みよう》抔《など》という了見を起したものか、本人に聞いて見ない事だから頓《とん》とわからない。ほんの一|時《じ》の出来心で、かゝる難物《なんぶつ》を担《かつ》ぎ込んだのかも知れず、或《あるい》はことによると一種の精神病者に於《おい》て吾人《ごじん》が屡《しば/\》見出《みいだ》す如く、縁《えん》もゆかりもない二個の観念を連想して、机と寝台を勝手に結び付けたものかも知れない。兎に角奇抜な考えである。只奇抜|丈《だけ》で役に立たないのが欠点である。吾輩は甞《かつ》て主人が此《この》机の上へ昼寐《ひるね》をして寝返りをする拍子《ひょうし》に椽側《えんがわ》へ転《ころ》げ落ちたのを見た事がある。其《それ》以来|此《この》机は決して寝台に転用されない様《よう》である。
 机の前には薄っぺらなメリンスの座布団《ざぶとん》があって、烟草《たばこ》の火で焼けた穴が三つ程かたまってる。中から見える綿は薄黒い。此《この》座布団《ざぶとん》の上に後《うし》ろ向きにかしこまって居《い》るのが主人である。鼠色によごれた兵児帯《へこおび》をこま結びにむすんだ左右がだらりと足の裏へ垂れかゝって居《い》る。此《この》帯へじゃれ付いて、いきなり頭を張られたのは此間《こないだ》の事である。滅多に寄り付くべき帯ではない。
 まだ考えて居《い》るのか下手《へた》の考《かんがえ》と云う喩《たとえ》もあるのにと後《うし》ろから覗《のぞ》き込んで見ると、机の上でいやにぴか/\光ったものがある。吾輩は思わず、続け様《ざま》に二三度|瞬《まばたき》をしたが、こいつは変だとまぶしいのを我慢して眤《じっ》と光るものを見詰めてやった。すると此《この》光りは机の上で動いて居《い》る鏡から出るものだと云う事が分った。然《しか》し主人は何《なん》の為めに書斎で鏡|抔《など》を振り廻して居《い》るのであろう。鏡と云えば風呂場にあるに極《き》まっている。現に吾輩は今朝《けさ》風呂場で此《この》鏡を見たのだ。此鏡[#「此鏡」に傍点]ととくに云うのは主人のうちには是より外《ほか》に鏡はないからである。主人が毎朝顔を洗ったあとで髪を分けるときにも此《この》鏡を用いる。――主人の様《よう》な男が髪を分けるのかと聞く人があるかも知れぬが、実際彼は他《ほか》の事に無精《ぶしょう》なる丈《だけ》其丈《それだけ》頭を叮嚀《ていねい》にする。吾輩が当家に参ってから今に至る迄主人は如何《いか》なる炎熱《えんねつ》の日と雖《いえども》五分刈に刈り込んだ事はない。必ず二寸位の長さにして、それを御大《ごたい》そうに左の方《ほう》で分けるのみか、右の端《はじ》を一寸《ちょっと》跳《は》ね返して澄《すま》して居《い》る。是も精神病の徴候かも知れない。こんな気取った分け方は此《この》机と一向調和しないと思うが、敢《あえ》て他人に害を及ぼす程の事でないから、誰も何《なん》とも云わない。本人も得意である。分け方のハイカラなのは偖《さて》措《お》いて、なぜあんなに髪を長くするのかと思ったら実《じつ》はこう云う訳である。彼のあばた[#「あばた」に傍点]は単に彼の顔を浸蝕せるのみならず、とくの昔しに脳天迄食い込んで居《い》るのだそうだ。だから若《も》し普通の人の様《よう》に五分刈や三分刈にすると、短かい毛の根本《ねもと》から何十となくあばた[#「あばた」に傍点]があらわれてくる。いくら撫でゝも、さすってもぽつ/\がとれない。枯野に螢を放《はな》った様《よう》なもので風流かも知れないが、細君の御意《ぎょい》に入《い》らんのは勿論《もちろん》の事である。髪さえ長くして置けば露見しないで済む所を、好んで自己の非を曝《あば》くにも当らぬ訳だ。なろう事なら顔迄毛を生やして、こっちのあばた[#「あばた」に傍点]も内済《ないさい》にしたい位な所だから、只で生える毛を銭《ぜに》を出して刈り込ませて、私《わたくし》は頭蓋骨の上迄天然痘にやられましたよと吹聴《ふいちょう》する必要はあるまい。――是が主人の髪を長くする理由で、髪を長くするのが、彼の髪をわける原因で、其《そ》の原因が鏡を見る訳で、其《その》鏡が風呂場にある所以《ゆえん》で、而《しこう》して其《その》鏡が一つしかないと云う事実である。
 風呂場にあるべき鏡が、しかも一つしかない鏡が書斎に来て居《い》る以上は鏡が離魂病《りこんびょう》に罹《かゝ》ったのか又は主人が風呂場から持って来たに相違ない。持って来たとすれば何《なん》の為めに持って来たのだろう。或《あるい》は例の消極的修養に必要な道具かも知れない。昔し或る学者が何《なん》とかいう智識を訪うたら、和尚《おしょう》両肌《もろはだ》を抜いで甎《かめ》を磨《ま》して居《お》られた。何をこしらえなさると質問したら、なにさ今鏡を造ろうと思うて一生懸命にやって居《お》る所じゃと答えた。そこで学者は驚ろいて、なんぼ名僧でも甎《かめ》を磨《ま》して鏡とする事は出来まいと云うたら、和尚《おしょう》から/\と笑いながら左様《そう》か、夫《そ》れじゃやめよ、いくら書物を読んでも道はわからぬのもそんなものじゃろと罵《のゝし》ったと云うから、主人もそんな事を聞き噛《かじ》って風呂場から鏡でも持って来て、したり顔に振り廻しているのかも知れない。大分《だいぶ》物騒《ぶっそう》になって来たなと、そっと窺《うかゞ》って居《い》る。
 かくとも知らぬ主人は甚《はなは》だ熱心なる容子《ようす》を以《もっ》て一|張来《ちょうらい》の鏡を見詰めて居《い》る。元来鏡というものは気味の悪いものである。深夜|蝋燭《ろうそく》を立てゝ、広い部屋のなかで一人鏡を覗《のぞ》き込むには余程の勇気が入《い》るそうだ。吾輩|抔《など》は始めて当家の令嬢から鏡を顔の前へ押し付けられた時に、はっと仰天《ぎょうてん》して屋敷のまわりを三度|馳《か》け回った位である。如何《いか》に白昼《はくちゅう》と雖《いえ》ども、主人の様《よう》にかく一生懸命に見詰めている以上は自分で自分の顔が怖くなるに相違ない。只見てさえあまり気味のいゝ顔じゃない。稍《やゝ》あって主人は「成程きたない顔だ」と独《ひと》り言《ごと》を云った。自己の醜《しゅう》を自白するのは中々見上げたものだ。様子から云うと慥《たしか》に気違《きちがい》の所作《しょさ》だが言うことは真理である。是がもう一歩進むと、己《おの》れの醜悪な事が怖くなる。人間は吾身《わがみ》が怖ろしい悪党であると云う事実を徹骨徹髓《てっこつてつずい》に感じた者でないと苦労人とは云えない。苦労人でないと到底|解脱《げだつ》は出来ない。主人もこゝ迄来たら序《つい》でに「おゝ怖い」とでも云いそうなものであるが中々云わない。「成程きたない顔だ」と云ったあとで、何を考え出したか、ぷうっと頬《ほ》っぺたを膨《ふく》らました。そうしてふくれた頬《ほ》っぺたを平手で二三度叩いて見る。何《なん》のまじないだか分らない。此《この》時吾輩は何《なん》だか此《この》顔に似たものがあるらしいと云う感じがした。よく/\考えて見ると夫《そ》れは御三の顔である。序《つい》でだから御三の顔を一寸《ちょっと》紹介するが、それは/\ふくれたものである。此間《このあいだ》さる人が穴守《あなもり》稲荷《いなり》から河豚《ふぐ》の提灯《ちょうちん》をみやげに持って来てくれたが、丁度あの河豚《ふぐ》提灯《ちょうちん》の様《よう》にふくれて居《い》る。あまりふくれ方《かた》が残酷なので眼は両方共紛失して居《い》る。尤《もっと》も河豚《ふぐ》のふくれるのは万遍なく真丸《まんまる》にふくれるのだが、お三とくると、元来の骨格が多角性であって、其《その》骨格通りにふくれ上がるのだから、丸で水気《すいき》になやんで居《い》る六角時計の様《よう》なものだ。御三が聞いたら嘸《さぞ》怒《おこ》るだろうから、御三は此《この》位にして又主人の方に帰るが、かくの如くあらん限りの空気を以《もっ》て頬《ほ》っぺたをふくらませたる彼は前《ぜん》申す通り手のひらで頬《ほっ》ぺたを叩きながら「此《この》位皮膚が緊張するとあばた[#「あばた」に傍点]も眼につかん」と又|独《ひと》り語《ごと》をいった。
 こんどは顔を横に向けて半面に光線を受けた所を鏡にうつして見る。「こうして見ると大変目立つ。矢っ張りまともに日の向いてる方《ほう》が平《たいら》に見える。奇体な物だなあ」と大分《だいぶ》感心した様子であった。それから右の手をうんと伸《のば》して、出来る丈《だけ》鏡を遠距離に持って行って静かに熟視している。「此《この》位離れるとそんなでもない。矢張り近過ぎるといかん。――顔|許《ばか》りじゃない何《なん》でもそんなものだ」と悟った様《よう》なことを云う。次に鏡を急に横にした。そうして鼻の根を中心にして眼や額《ひたい》や眉《まゆ》を一度に此《この》中心に向ってくしゃ/\とあつめた。見るからに不愉快な容貌が出来上ったと思ったら「いや是は駄目だ」と当人も気がついたと見えて早々《そう/\》やめて仕舞った。「なぜこんなに毒々しい顔だろう」と少々不審の体《てい》で鏡を眼を去る三寸|許《ばか》りの所へ引き寄せる。右の人指《ひとさ》しゆびで小鼻を撫でゝ、撫でた指の頭を机の上にあった吸取り紙の上へ、うんと押しつける。吸い取られた鼻の膏《あぶら》が丸るく紙の上へ浮き出した。色々な芸をやるものだ。それから主人は鼻の膏《あぶら》を塗抹《とまつ》した指頭《しとう》を転じてぐいと右眼《うがん》の下瞼《したまぶた》を裏返して、俗に云うべっかんこう[#「べっかんこう」に傍点]を見事にやって退《の》けた。あばた[#「あばた」に傍点]を研究して居《い》るのか、鏡と睨《にら》め競《くら》をして居《い》るのか其辺《そのへん》は少々不明である。気の多い主人の事だから見て居《い》るうちに色々になると見える。それどころではない。若《も》し善意を以《もっ》て蒟蒻《こんにゃく》問答的に解釈してやれば主人は見性《けんしょう》自覚の方便《ほうべん》として斯様《かよう》に鏡を相手に色々な仕草を演じて居《い》るのかも知れない。凡《すべ》て人間の研究と云うものは自己を研究するのである。天地と云い山川《さんせん》と云い日月《じつげつ》と云い星辰《せいしん》と云うも皆《みな》自己の異名《いみょう》に過ぎぬ。自己を措《お》いて他《た》に研究すべき事項は誰人《たれびと》にも見出《みいだ》し得ぬ訳だ。若《も》し人間が自己以外に飛び出す事が出来たら、飛び出す途端に自己はなくなって仕舞う。而《しか》も自己の研究は自己以外に誰もしてくれる者はない。いくら仕《し》てやりたくても、貰いたくても、出来ない相談である。夫《それ》だから古来の豪傑はみんな自力《じりき》で豪傑になった。人の御蔭《おかげ》で自己が分る位なら、自分の代理に牛肉を喰わして、堅いか柔《やわら》かいか判断の出来る訳だ。朝《あした》に法を聴き、夕《ゆうべ》に道を聴き、梧前《ごぜん》燈火に書巻を手にするのは皆|此《この》自証《じしょう》を挑撥するの方便《ほうべん》の具《ぐ》に過ぎぬ。人の説く法のうち、他《た》の弁ずる道のうち、乃至《ないし》は五|車《しゃ》にあまる蠧紙《とし》堆裏《たいり》に自己が存在する所以《ゆえん》がない。あれば自己の幽霊である。尤《もっと》もある場合に於《おい》て幽霊は無霊より優《まさ》るかも知れない。影を追えば本体に逢着《ほうちゃく》する時がないとも限らぬ。多くの影は大抵本体を離れぬものだ。此《この》意味で主人が鏡をひねくって居《い》るなら大分《だいぶ》話せる男だ。エピクテタス抔《など》を鵜呑《うのみ》にして学者ぶるよりも遙かにましだと思う。
 鏡は己惚《うぬぼれ》の醸造器である如く、同時に自慢の消毒器である。もし浮華《ふか》虚栄の念を以《もっ》て之《これ》に対する時は是程愚物を煽動《せんどう》する道具はない。昔から増上慢《ぞうじょうまん》を以《もっ》て己《おのれ》を害し他《た》を※[#「爿+戈」、第4水準2-12-83]《そこの》うた事蹟の三分の二は慥《たし》かに鏡の所作《しょさ》である。仏国革命の当時物好きな御医者さんが改良首きり器械を発明して飛んだ罪をつくった様《よう》に、始めて鏡をこしらえた人も定めし寐覚《ねざめ》のわるい事だろう。然《しか》し自分に愛想《あいそ》の尽きかけた時、自我の萎縮した折《おり》は鏡を見る程薬になる事はない。妍醜《けんしゅう》瞭然《りょうぜん》だ。こんな顔でよくまあ人で候と反《そ》りかえって今日《こんにち》迄暮らされたものだと気がつくにきまって居《い》る。そこへ気がついた時が人間の生涯中|尤《もっと》も難有《ありがた》い期節《きせつ》である。自分で自分の馬鹿を承知して居《い》る程|尊《たっ》とく見える事はない。此《この》自覚性馬鹿の前にはあらゆるえらがり[#「えらがり」に傍点]屋が悉《こと/″\》く頭を下げて恐れ入らねばならぬ。当人は昂然《こうぜん》として吾《われ》を軽侮《けいぶ》嘲笑して居《い》る積《つも》りでも、こちらから見ると其《その》昂然《こうぜん》たる所が恐れ入って頭を下げて居《い》る事になる。主人は鏡を見て己《おの》れの愚《ぐ》を悟る程の賢者《けんしゃ》ではあるまい。然《しか》し吾《わ》が顔に印《いん》せられる痘痕《とうこん》の銘《めい》位は公平に読み得《う》る男である。顔の醜《みにく》いのを自認するのは心の賤《いや》しきを会得《えとく》する楷梯《かいてい》にもなろう。頼母《たのも》しい男だ。是も哲学者から遣《や》り込められた結果かも知れぬ。
 斯様《かよう》に考えながら猶《なお》様子をうかゞっていると、夫《それ》とも知らぬ主人は思う存分あかんべえ[#「あかんべえ」に傍点]をしたあとで「大分《だいぶ》充血して居《い》る様《よう》だ。矢っ張り慢性結膜炎だ」と言いながら、人さし指の横つらでぐい/\充血した瞼《まぶた》をこすり始めた。大方《おおかた》痒《かゆ》いのだろうけれども、只さえあんなに赤くなって居《い》るものを、こう擦《こす》ってはたまるまい。遠からぬうちに塩鯛《しおだい》の眼玉の如く腐爛《ふらん》するにきまってる。やがて眼を開《ひら》いて鏡に向った所を見ると、果せるかなどんよりとして北国《ほっこく》の冬空の様《よう》に曇って居た。尤《もっと》も平常《ふだん》からあまり晴れ/″\しい眼ではない。誇大な形容詞を用いると混沌《こんとん》として黒眼《くろめ》と白眼《しろめ》が剖半《ぼうはん》しない位|漠然《ばくぜん》として居《い》る。彼の精神が朦朧《もうろう》として不得《ふとく》要領|底《てい》に一貫して居《い》る如く、彼の眼も曖々然《あい/\ぜん》昧々然《まい/\ぜん》として長《とこし》えに眼窩《がんか》の奥に漂《たゞよ》うて居《い》る。是は胎毒《たいどく》の為だとも云うし、或《あるい》は疱瘡《ほうそう》の余波《よは》だとも解釈されて、小さい時分はだいぶ柳の虫や赤蛙の厄介《やっかい》になった事もあるそうだが、折角《せっかく》母親の丹誠も、あるに其《その》甲斐あらばこそ、今日《こんにち》迄生れた当時の儘《まゝ》でぼんやりして居《い》る。吾輩ひそかに思うに此《この》状態は決して胎毒《たいどく》や疱瘡《ほうそう》の為ではない。彼の眼玉が斯様《かよう》に晦渋《かいじゅう》溷濁《こんだく》の悲境《ひきょう》に彷徨《ほうこう》して居《い》るのは、とりも直《なお》さず彼の頭脳が不透不明の実質から構成されていて、其《その》作用が暗憺《あんたん》溟濛《めいもう》の極《きょく》に達して居《い》るから、自然とこれが形体の上にあらわれて、知らぬ母親に入《い》らぬ心配を掛けたんだろう。烟《けむり》たって火あるを知り、まなこ濁《にご》って愚《ぐ》なるを証す。して見ると彼の眼は彼の心の象徴で、彼の心は天保銭《てんぽうせん》の如く穴があいて居《い》るから、彼の眼も亦|天保銭《てんぽうせん》と同じく、大きな割合に通用しないに違《ちがい》ない。
 今度は髯《ひげ》をねじり始めた。元来から行儀のよくない髯《ひげ》でみんな思い思いの姿勢をとって生えて居《い》る。いくら個人主義が流行《はや》る世の中だって、こう町々《まち/\》に我儘《わがまゝ》を尽くされては持主の迷惑は左《さ》こそと思いやられる。主人もこゝに鑑《かんが》みる所あって近頃は大《おおい》に訓練を与えて、出来得《できう》る限り系統的に按排《あんばい》する様《よう》に尽力して居《い》る。其《その》熱心の功果《こうか》は空《むな》しからずして昨今《さっこん》漸《ようや》く歩調が少しとゝのう様《よう》になって来た。今迄は髯《ひげ》が生えて居《お》ったのであるが、此頃《このごろ》は髯《ひげ》を生やして居《い》るのだと自慢する位になった。熱心は成効《せいこう》の度《ど》に応じて鼓舞《こぶ》せられるものであるから、吾《わ》が髯《ひげ》の前途有望なりと見てとった主人は朝な夕な、手がすいて居《お》れば必ず髯《ひげ》に向って鞭撻《べんたつ》を加える。彼のアムビションは独逸《ドイツ》皇帝陛下の様《よう》に、向上の念の熾《さかん》な髯《ひげ》を蓄《たくわ》えるにある。それだから毛孔《けあな》が横向《よこむき》であろうとも、下向《したむき》であろうとも聊《いさゝ》か頓着《とんじゃく》なく十|把《ぱ》一《ひ》とからげに握っては、上の方へ引っ張り上げる。髯《ひげ》も嘸《さぞ》かし難儀であろう、所有主たる主人すら時々は痛い事もある。がそこが訓練である。否《いや》でも応《おう》でもさかに扱《こ》き上げる。門外漢から見ると気の知れない道楽の様《よう》であるが、当局者|丈《だけ》は至当《しとう》の事と心得て居《い》る。教育者が徒《いたず》らに生徒の本性《ほんせい》を撓《た》めて、僕の手柄を見給えと誇る様《よう》なもので毫《ごう》も非難すべき理由はない。
 主人が満腔《まんこう》の熱誠《ねっせい》を以《もっ》て髯《ひげ》を調練して居《い》ると、台所から多角性の御三が郵便が参りましたと、例の如く赤い手をぬっと書斎の中《うち》へ出した。右手《みぎ》に髯《ひげ》をつかみ、左手《ひだり》に鏡を持った主人は、其儘《そのまゝ》入口の方を振りかえる。八の字の尾に逆《さか》さ立ちを命じた様《よう》な髯《ひげ》を見るや否《いな》や御多角《おたかく》はいきなり台所へ引き戻して、ハヽヽヽと御釜の葢《ふた》へ身をもたして笑った。主人は平気なものである。悠々《ゆう/\》と鏡を卸《おろ》して郵便を取り上げた。第一信は活版《かっぱん》ずりで何《なん》だかいかめしい文字《もんじ》が並べてある。読んで見ると
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 拝啓|愈《いよ/\》御多祥《ごたしょう》奉賀候《がしたてまつりそろ》回顧すれば日露の戦役《せんえき》は連戦連勝の勢《いきおい》に乗じて平和|克復《こくふく》を告げ吾《わが》忠勇義烈なる将士は今や過半|万歳《ばんぜい》声裡《せいり》に凱歌《がいか》を奏し国民の歓喜何ものか之《これ》に若《し》かん曩《さき》に宣戦の大詔《たいしょう》煥発《かんぱつ》せらるゝや義勇公に奉じたる将士は久しく万里《ばんり》の異境に在《あ》りて克《よ》く寒暑《かんしょ》の苦難を忍び一意戦闘に従事し命《めい》を国家に捧《さゝ》げたるの至誠《しせい》は永く銘《めい》して忘るべからざる所なり而《しこう》して軍隊の凱旋《がいせん》は本月を以《もっ》て殆《ほと》んど終了を告げんとす依《よ》って本会は来《きた》る二十五日を期し本区内一千有余の出征将校下士卒に対し本区民一般を代表し以《もっ》て一大凱旋祝賀会を開催し兼て軍人遺族を慰藉《いしゃ》せんが為め熱誠《ねっせい》之《これ》を迎え聊《いさゝか》感謝の微衷《びちゅう》を表し度《たく》就《つい》ては各位の御協賛を仰《あお》ぎ此《この》盛典を挙行するの幸《さいわい》を得ば本会の面目《めんもく》不過之《これにすぎず》と存候間《ぞんじそろあいだ》何卒《なにとぞ》御賛成|奮《ふる》って義捐《ぎえん》あらんことを只管《ひたすら》希望の至《いたり》に堪《た》えず候敬具
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とあって差し出し人は華族様である。主人は黙読一過の後《のち》直《たゞ》ちに封の中へ巻き納めて知らん顔をして居《い》る。義捐|抔《など》は恐らくしそうにない。先達《せんだっ》て東北凶作の義捐金を二円とか三円とか出してから、逢う人|毎《ごと》に義捐をとられた、とられたと吹聴《ふいちょう》して居《い》る位である。義捐とある以上は差し出すもので、とられるものでないには極《きま》って居《い》る。泥棒にあったのではあるまいし、とられたとは不穏当《ふおんとう》である。然《しか》るにも関せず、盗難にでも罹《かゝ》ったかの如くに思ってるらしい主人が如何《いか》に軍隊の歓迎だと云って、如何《いか》に華族様の勧誘だと云って、強談《ごうだん》で持ちかけたらいざ知らず、活版《かっぱん》の手紙位で金銭を出す様《よう》な人間とは思われない。主人から云えば軍隊を歓迎する前に先《ま》ず自分を歓迎したいのである。自分を歓迎した後《あと》なら大抵のものは歓迎しそうであるが、自分が朝夕《ちょうせき》に差し支《つか》える間は、歓迎は華族様に任《まか》せて置く了見らしい。主人は第二信を取り上げたが「ヤ、是も活版《かっぱん》だ」と云った。
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 時下《じか》秋冷《しゅうれい》の候《こう》に候処|貴家《きか》益々《ます/\》御隆盛の段|奉賀上《がしあげたてまつり》候|陳《のぶ》れば本校儀も御承知の通り一昨々年以来二三野心家の為めに妨《さまた》げられ一|時《じ》其《その》極《きょく》に達し候得共《そうらえども》是れ皆|不肖《ふしょう》針作《しんさく》が足らざる所に起因すと存じ深く自《みずか》ら警《いまし》むる所あり臥薪嘗胆《がしんしょうたん》其《そ》の苦辛《くしん》の結果|漸《ようや》く茲《こゝ》に独力|以《もっ》て我が理想に適するだけの校舎新築費を得《う》るの途《みち》を講じ候|其《そ》は別義にも御座なく別冊裁縫秘術綱要と命名せる書冊《しょさつ》出版の義に御座候本書は不肖《ふしょう》針作が多年苦心研究せる工芸上の原理原則に法《のっ》とり真《しん》に肉を裂《さ》き血を絞るの思《おもい》を為して著述せるものに御座候|因《よ》って本書を普《あまね》く一般の家庭へ製本実費に些少《さしょう》の利潤を附して御購求《ごこうきゅう》を願い一面|斯道《しどう》発達の一|助《じょ》となすと同時に又一面には僅少《きんしょう》の利潤を蓄積して校舎建築費に当つる心算《しんさん》に御座候|依《よっ》ては近頃|何共《なんとも》恐縮の至りに存じ候えども本校建築費中へ御寄附|被成下《なしくださる》と御思召《おぼしめ》し茲《こゝ》に呈供《ていきょう》仕候《つかまつりそろ》秘術綱要一部を御購求の上|御侍女《ごじじょ》の方《かた》へなりとも御分与|被成下《なしくだされ》候て御賛同の意《い》を御表章《ごひょうしょう》被成下《なしくだされ》度《たく》伏して懇願|仕候《つかまつりそろ》※[#「勹<夕」、第3水準1-14-76]々《そう/\》敬具
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[#地から6字上げ]大日本女子裁縫最高等大学院
[#地から3字上げ]校長 縫田《ぬいだ》針作 九拝
とある。主人は此《この》鄭重《ていちょう》なる書面を、冷淡に丸めてぽんと屑籠《くずかご》の中へ抛《ほう》り込んだ。折角《せっかく》の針作君の九拝も臥薪嘗胆も何《なん》の役にも立たなかったのは気の毒である。第三信にかゝる。第三信は頗《すこぶ》る風変りの光彩を放《はな》って居《い》る。状袋が紅白のだんだらで、飴ん棒の看板の如くはなやかなる真中《まんなか》に珍野《ちんの》苦沙彌先生|虎皮下《こひか》と八分体《はっぷんたい》で肉太《にくぶと》に認《したゝ》めてある。中からお太《た》さんが出るかどうだか受け合わないが表|丈《だけ》は頗《すこぶ》る立派なものだ。
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 若《も》し我《われ》を以《もっ》て天地を律すれば一口《ひとくち》にして西江《せいこう》の水を吸いつくすべく、若《も》し天地を以《もっ》て我《われ》を律すれば我《われ》は則《すなわ》ち陌上《はくじょう》の塵《ちり》のみ。すべからく道《い》え、天地と我《われ》と什※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57]《いんも》の交渉かある。……始めて海鼠《なまこ》を食い出《いだ》せる人は其《その》胆力《たんりょく》に於《おい》て敬《けい》すべく、始めて河豚《ふぐ》を喫《きっ》せる漢《おとこ》は其《その》勇気に於《おい》て重んずべし。海鼠《なまこ》を食《くら》えるものは親鸞《しんらん》の再来にして、河豚《ふぐ》を喫《きっ》せるものは日蓮《にちれん》の分身なり。苦沙彌先生の如きに至っては只|干瓢《かんぴょう》の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食《くら》って天下の士たるものは、われ未《いま》だ之《これ》を見ず。……
 親友も汝を売るべし。父母も汝に私《わたくし》あるべし。愛人も汝を棄つべし。富貴《ふっき》は固《もと》より頼みがたかるべし。爵禄は一|朝《ちょう》にして失うべし。汝の頭中《とうちゅう》に秘蔵する学問には黴《かび》が生えるべし。汝何を恃《たの》まんとするか。天地の裡《うち》に何をたのまんとするか。神?
 神は人間の苦しまぎれに捏造《でつぞう》せる土偶《どぐう》のみ。人間のせつな糞《ぐそ》の凝結《ぎょうけつ》せる臭骸《しゅうがい》のみ。恃《たの》むまじきを恃《たの》んで安しと云う。咄々《とつ/\》、酔漢|漫《みだ》りに胡乱《うろん》の言辞を弄《ろう》して、蹣跚《まんさん》として墓に向う。油尽きて燈《とう》自《おのずか》ら滅す。業《ごう》尽きて何物をか遺《のこ》す。苦沙彌先生よろしく御茶でも上がれ。……
 人を人と思わざれば畏《おそ》るゝ所なし。人を人と思わざるものが、吾《われ》を吾《われ》と思わざる世を憤《いきどお》るは如何《いかん》。権貴《けんき》栄達の士は人を人と思わざるに於《おい》て得たるが如し。只|他《ひと》の吾《われ》を吾《われ》と思わぬ時に於《おい》て怫然《ふつぜん》として色を作《な》す。任意に色を作《な》し来《きた》れ。馬鹿野郎。……
 吾《われ》の人を人と思うとき、他《ひと》の吾《われ》を吾《われ》と思わぬ時、不平家《ふへいか》は発作的に天降《あまくだ》る。此《この》発作的活動を名づけて革命という。革命は不平家の所為《しょい》にあらず。権貴《けんき》栄達の士が好んで産する所なり。朝鮮《ちょうせん》に人参《にんじん》多し先生何が故《ゆえ》に服せざる。
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[#地から3字上げ]在《ざい》巣鴨《すがも》  天道《てんどう》公平《こうへい》 再拝
 針作君は九拝であったが、此《この》男は単に再拝|丈《だけ》である。寄附金の依頼でない丈《だけ》に七拝程|横風《おうふう》に構えて居《い》る。寄附金の依頼ではないが其《その》代り頗《すこぶ》る分りにくいものだ。どこの雑誌へ出しても沒書《ぼつしょ》になる価値は充分あるのだから、頭脳の不透明を以《もっ》て鳴る主人は必ず寸断々々《ずた/\》に引き裂《さ》いて仕舞うだろうと思《おもい》の外《ほか》、打ち返し/\読み直《なお》して居《い》る。こんな手紙に意味があると考えて、飽く迄|其《その》意味を究《きわ》めようという決心かも知れない。凡《およ》そ天地の間《かん》にわからんものは沢山《たくさん》あるが意味をつけてつかないものは一つもない。どんなむずかしい文章でも解釈しようとすれば容易に解釈の出来るものだ。人間は馬鹿であると云おうが、人間は利口であると云おうが手もなくわかる事だ。夫所《それどころ》ではない。人間は犬であると云っても豚であると云っても別に苦しむ程の命題ではない。山は低いと云っても構わん、宇宙は狭いと云っても差し支《つかえ》はない。烏《からす》が白くて小町《こまち》が醜婦《しゅうふ》で苦沙彌先生が君子《くんし》でも通らん事はない。だからこんな無意味な手紙でも何《なん》とか蚊《か》とか理窟さえつければどうとも意味はとれる。ことに主人の様《よう》に知らぬ英語を無理矢理にこじ附けて説明し通して来た男は猶更《なおさら》意味をつけたがるのである。天気の悪るいのに何故《なぜ》グード、モーニングですかと生徒に問われて七日《なぬか》考えたり、コロンバスと云う名は日本語で何《なん》と云いますかと聞かれて三日三晩かゝって答《こたえ》を工夫する位な男には、干瓢の酢味噌が天下の士であろうと、朝鮮《ちょうせん》の仁参《にんじん》を食って革命を起そうと随意な意味は随処に湧《わ》き出る訳である。主人は暫《しば》らくしてグード、モーニング流《りゅう》に此《この》難解の言句《ごんく》を呑み込んだと見えて「中々意味|深長《しんちょう》だ。何《なん》でも余程哲理を研究した人に違《ちがい》ない。天晴《あっぱれ》な見識だ」と大変賞賛した。此《この》一|言《ごん》でも主人の愚《ぐ》な所はよく分るが、翻《ひるがえ》って考えて見ると聊《いさゝ》か尤《もっと》もな点もある。主人は何に寄らずわからぬものを難有《ありがた》がる癖を有して居《い》る。是はあながち主人に限った事でもなかろう。分らぬ所には馬鹿に出来ないものが潜伏して、測るべからざる辺には何《なん》だか気高い心持《こゝろもち》が起るものだ。夫《それ》だから俗人はわからぬ事をわかった様《よう》に吹聴《ふいちょう》するにも係《かゝわ》らず、学者はわかった事をわからぬ様《よう》に講釈する。大学の講義でもわからん事を喋舌《しゃべ》る人は評判がよくってわかる事を説明する者は人望がないのでもよく知れる。主人が此《この》手紙に敬服したのも意義が明瞭であるからではない。其《その》主旨《しゅし》が那辺《なへん》に存するか殆《ほと》んど捕《とら》え難《がた》いからである。急に海鼠《なまこ》が出て来たり、せつな糞《ぐそ》が出てくるからである。だから主人が此《この》文章を尊敬する唯《ゆい》一の理由は、道家《どうけ》で道徳経《どうとくきょう》を尊敬し、儒家《じゅか》で易経《えききょう》を尊敬し、禅家《ぜんけ》で臨済録《りんざいろく》を尊敬すると一般で全く分らんからである。但《たゞ》し全然分らんでは気が済まんから勝手な註釈をつけてわかった顔|丈《だけ》はする。わからんものをわかった積《つも》りで尊敬するのは昔から愉快なものである。――主人は恭《うや/\》しく八分体《はっぷんたい》の名筆を巻き納めて、之《これ》を机上に置いた儘《まゝ》懐手《ふところで》をして冥想に沈んで居《い》る。
 所へ「頼む/\」と玄関から大きな声で案内を乞う者がある。声は迷亭の様《よう》だが、迷亭に似合わずしきりに案内を頼んで居《い》る。主人は先から書斎のうちで其《その》声を聞いて居《い》るのだが懐手《ふところで》の儘《まゝ》毫《ごう》も動こうとしない。取次《とりつぎ》に出るのは主人の役目でないという主義か、此《この》主人は決して書斎から挨拶《あいさつ》をした事がない。下女は先刻《さっき》洗濯|石鹸《シャボン》を買いに出た。細君は憚《はゞか》りである。すると取次《とりつぎ》に出《で》べきものは吾輩|丈《だけ》になる。吾輩だって出るのはいやだ。すると客人は沓脱《くつぬぎ》から敷台へ飛び上がって障子を開け放《はな》ってつか/\上《あが》り込んで来た。主人も主人だが客も客だ。座敷の方《ほう》へ行ったなと思うと襖《ふすま》を二三度あけたり閉《た》てたりして、今度は書斎の方《ほう》へやってくる。
 「おい冗談じゃない。何をして居《い》るんだ、御客さんだよ」
 「おや君《きみ》か」
 「おや君かもないもんだ。そこに居《い》るなら何《なん》とか云えばいゝのに、丸で空家《あきや》の様《よう》じゃないか」
 「うん、ちと考え事があるもんだから」
 「考えて居たって通れ[#「通れ」に傍点]位は云えるだろう」
 「云えん事もないさ」
 「相変らず度胸がいゝね」
 「先達《せんだって》から精神の修養を力《つと》めて居《い》るんだもの」
 「物好きだな。精神を修養して返事が出来なくった日には来客は御難《ごなん》だね。そんなに落ち付かれちゃ困るんだぜ。実《じつ》は僕一人来たんじゃないよ。大変な御客さんを連れて来たんだよ。一寸《ちょっと》出て逢って呉れ給え」
 「誰を連れて来たんだい」
 「誰でもいゝから一寸《ちょっと》出て逢ってくれ玉え。是非君に逢いたいと云うんだから」
 「誰だい」
 「誰でもいゝから立ち玉え」
 主人は懐手《ふところで》の儘《まゝ》ぬっと立ちながら「又人を担《かつ》ぐ積《つも》りだろう」と椽側《えんがわ》へ出て何《なん》の気もつかずに客間へ這入り込んだ。すると六尺の床《とこ》を正面に一個の老人が粛然《しゅくぜん》と端坐《たんざ》して控えて居《い》る。主人は思わず懐《ふところ》から両手を出してぺたりと唐紙《からかみ》の傍《そば》へ尻を片づけて仕舞った。是では老人と同じく西向きであるから双方共|挨拶《あいさつ》の仕様がない。昔堅気《むかしかたぎ》の人は礼義《れいぎ》はやかましいものだ。
 「さあどうぞあれへ」と床の間の方《ほう》を指《さ》して主人を促《うな》がす。主人は両三年前迄は座敷はどこへ坐っても構わんものと心得て居《い》るのだが、其後《そのご》ある人から床の間の講釈を聞いて、あれは上段の間《ま》の変化したもので、上使《じょうし》が坐わる所だと悟って以来決して床の間へは寄りつかない男である。ことに見ず知らずの年長者が頑《がん》と構えて居《い》るのだから上座所ではない。挨拶《あいさつ》さえ碌《ろく》には出来ない。一応頭をさげて
 「さあどうぞあれへ」と向うの云う通りを繰り返した。
 「いや夫《それ》では御挨拶が出来かねますから、どうぞあれへ」
 「いえ、夫《それ》では……どうぞあれへ」と主人はいゝ加減に先方の口上《こうじょう》を真似て居《い》る。
 「どうもそう、御謙遜では恐れ入る。却《かえ》って手前が痛み入る。どうか御遠慮なく、さあどうぞ」
 「御謙遜では……恐れますから……どうか」主人は真赤《まっか》になって口をもご/\云わせて居《い》る。精神修養もあまり効果がない様《よう》である。迷亭君は襖《ふすま》の影から笑いながら立見《たちみ》をして居たが、もういゝ時分だと思って、後《うし》ろから主人の尻を押しやりながら
 「まあ出玉え。そう唐紙《からかみ》へくっついては僕が坐る所がない。遠慮せずに前へ出たまえ」と無理に割り込んでくる。主人は已《やむ》を得ず前の方《ほう》へすり出る。
 「苦沙彌君是が毎々《まい/\》君に噂をする静岡《しずおか》の伯父だよ。伯父さん是が苦沙彌君です」
 「いや始めて御目にかゝります、毎度迷亭が出て御邪魔を致すそうで、いつか参上の上御高話を拝聴致そうと存じて居《お》りました所、幸い今日《こんにち》は御近所を通行致したもので、御礼|旁《かた/″\》伺《うかが》った訳で、どうぞ御見知り置かれまして今後共|宜《よろ》しく」と昔し風《ふう》な口上《こうじょう》を淀みなく述べたてる。主人は交際の狭い、無口な人間である上に、こんな古風な爺さんとは殆《ほと》んど出会った事がないのだから、最初から多少|場《ば》うての気味で辟易《へきえき》して居た所へ、滔々《とう/\》と浴びせかけられたのだから、朝鮮《ちょうせん》仁参《にんじん》も飴ん棒の状袋もすっかり忘れて仕舞って只苦し紛《まぎ》れに妙な返事をする。
 「私《わたくし》も……私《わたくし》も……一寸《ちょっと》伺《うか》がう筈《はず》でありました所……何分《なにぶん》よろしく」と云い終って頭を少々畳から上げて見ると老人は未《いま》だに平伏して居《い》るので、はっと恐縮して又頭をぴたりと着けた。
 老人は呼吸を計って首をあげながら「私《わたくし》ももとはこちらに屋敷も在《あ》って、永らく御膝元でくらしたものですが、瓦解の折《おり》にあちらへ参ってから頓《とん》と出てこんのでな。今来て見ると丸で方角も分らん位で、――迷亭にでも伴《つ》れてあるいてもらわんと、とても用達《ようたし》も出来ません。滄桑《そう/\》の変とは申しながら、御入国以来三百年も、あの通り将軍家の……」と云いかけると迷亭先生面倒だと心得て
 「伯父さん将軍家も難有《ありがた》いかも知れませんが、明治の代《よ》も結構ですぜ。昔は赤十字なんてものもなかったでしょう」
 「それはない。赤十字|抔《など》と称するものは全くない。ことに宮様の御顔を拝むなどゝ云う事は明治の御代《みよ》でなくては出来ぬ事だ。わしも長生きをした御蔭《おかげ》で此《この》通り今日《こんにち》の総会にも出席するし、宮殿下の御声もきくし、もう是で死んでもいゝ」
 「まあ久し振りで東京見物をする丈《だけ》でも得《とく》ですよ。苦沙彌君、伯父はね、今度赤十字の総会があるのでわざ/\静岡《しずおか》から出て来てね、今日|一所《いっしょ》に上野《うえの》へ出掛けたんだが今|其《その》帰りがけなんだよ。夫《それ》だから此《この》通り先日僕が白木屋《しらきや》へ注文したフロックコートを着て居《い》るのさ」と注意する。成程フロックコートを着て居《い》る。フロックコートは着て居《い》るがすこしもからだに合わない。袖が長過ぎて、襟《えり》がおっ開《ぴら》いて、脊中《せなか》へ池が出来て、腋《わき》の下が釣るし上がって居《い》る。いくら不恰好に作ろうと云ったって、こう迄念を入れて形を崩す訳にはゆかないだろう。其上《そのうえ》白シャツと白襟《しろえり》が離れ離《ばな》れになって、仰《あお》むくと間から咽喉仏《のどぼとけ》が見える。第一黒い襟《えり》飾りが襟《えり》に属して居《い》るのか、シャツに属して居《い》るのか判然しない。フロックはまだ我慢が出来るが白髪《しらが》のチョン髷《まげ》は甚《はなは》だ奇観である。評判の鉄扇《てっせん》はどうかと目を注《つ》けると膝の横にちゃんと引きつけて居《い》る。主人は此《この》時|漸《ようや》く本心に立ち返って、精神修養の結果を存分に老人の服装に応用して少々驚いた。まさか迷亭の話程ではなかろうと思って居たが、逢って見ると話以上である。もし自分のあばた[#「あばた」に傍点]が歴史的研究の材料になるならば、此《この》老人のチョン髷《まげ》や鉄扇《てっせん》は慥《たし》かにそれ以上の価値がある。主人はどうかして此《この》鉄扇《てっせん》の由来を聞いて見たいと思ったが、まさか、打ちつけに質問する訳には行《ゆ》かず、と云って話を途切らすのも礼に欠けると思って
 「大分《だいぶ》人が出ましたろう」と極《きわ》めて尋常な問《とい》をかけた。
 「いや非常な人で、それで其《その》人が皆わしをじろ/\見るので――どうも近来は人間が物見高くなった様《よう》でがすな。昔しはあんなではなかったが」
 「えゝ、左様《さよう》、昔はそんなではなかったですな」と老人らしい事を云う。是はあながち主人が知っ高振《たかぶ》りをした訳ではない。但《たゞ》朦朧《もうろう》たる頭脳から好《い》い加減に流れ出す言語と見れば差し支《つかえ》ない。
 「それにな。皆|此《この》甲《かぶと》割りへ目を着けるので」
 「其《その》鉄扇《てっせん》は大分《だいぶ》重いもので御座いましょう」
 「苦沙彌君、一寸《ちょっと》持って見玉え。中々重いよ。伯父さん持たして御覧なさい」
 老人は重たそうに取り上げて「失礼でがすが」と主人に渡す。京都の黒谷《くろだに》で参詣人が蓮生坊《れんしょうぼう》の太刀《たち》を戴《いたゞ》く様《よう》なかたで、苦沙彌先生しばらく持って居たが「成程」と云った儘《まゝ》老人に返却した。
 「みんなが之《これ》を鉄扇々々《てっせん/\》と云うが、之《これ》は甲割《かぶとわり》と称《とな》えて鉄扇《てっせん》とは丸で別物で……」
 「へえ、何《なん》にしたもので御座いましょう」
 「兜《かぶと》を割るので、――敵の目がくらむ所を撃ちとったものでがす。楠《くすのき》正成《まさしげ》時代から用いたようで……」
 「伯父さん、そりゃ正成《まさしげ》の甲割《かぶとわり》ですかね」
 「いえ、是は誰のかわからん。然《しか》し時代は古い。建武《けんむ》時代の作かも知れない」
 「建武《けんむ》時代かも知れないが、寒月君は弱っていましたぜ。苦沙彌君、今日帰りに丁度いゝ機会だから大学を通り抜ける序《つい》でに理科へ寄って、物理の実験室を見せて貰った所がね。此《この》甲割《かぶとわり》が鉄だものだから、磁力の器械が狂って大騒ぎさ」
 「いや、そんな筈《はず》はない。是は建武《けんむ》時代の鉄で、性《しょう》のいゝ鉄だから決してそんな虞《おそ》れはない」
 「いくら性《しょう》のいゝ鉄だってそうはいきませんよ。現に寒月がそう云ったから仕方がないです」
 「寒月というのは、あのガラス球《だま》を磨《す》って居《い》る男かい。今の若さに気の毒な事だ。もう少し何かやる事がありそうなものだ」
 「可愛想《かあいそう》に、あれだって研究でさあ。あの球《たま》を磨《す》り上げると立派な学者になれるんですからね」
 「玉を磨《す》りあげて立派な学者になれるなら、誰にでも出来る。わしにも出来る。ビードロやの主人にでも出来る。あゝ云う事をする者を漢土《かんど》では玉人《ぎょくじん》と称したもので至って身分の軽いものだ」と云いながら主人の方《ほう》を向いて暗《あん》に賛成を求める。
 「成程」と主人はかしこまって居《い》る。
 「凡《すべ》て今の世の学問は皆|形而下《けいじか》の学で一寸《ちょっと》結構な様《よう》だが、いざとなるとすこしも役には立ちませんてな。昔はそれと違って侍は皆命懸けの商売だから、いざと云う時に狼狽《ろうばい》せぬ様《よう》に心の修業を致したもので、御承知でもあらっしゃろうが中々玉を磨《す》ったり針金を綯《よ》ったりする様《よう》な容易《たやす》いものではなかったのでがすよ」
 「成程」と矢張りかしこまって居《い》る。
 「伯父さん心の修業と云うものは玉を磨《す》る代りに懐手《ふところで》をして坐り込んでるんでしょう」
 「夫《それ》だから困る。決してそんな造作《ぞうさ》のないものではない。孟子《もうし》は求放心《きゅうほうしん》と云われた位だ。邵康節《しょうこうせつ》は心要放《しんようほう》と説いた事もある。又|仏家《ぶっか》では中峯《ちゅうほう》和尚《おしょう》と云うのが具不退転《ぐふたいてん》と云う事を教えて居《い》る。中々容易には分らん」
 「到底分りっこありませんね。全体どうすればいゝんです」
 「御前《おまえ》は沢庵《たくあん》禅師《ぜんじ》の不動智神妙録《ふどうちしんみょうろく》というものを読んだ事があるかい」
 「いゝえ、聞いた事もありません」
 「心を何処《どこ》に置こうぞ。敵の身の働《はたらき》に心を取らるゝなり。敵の太刀《たち》に心を置けば、敵の太刀《たち》に心を取らるゝなり。敵を切らんと思う所に心を置けば、敵を切らんと思う所に心を取らるゝなり。我《わが》太刀《たち》に心を置けば、我《わが》太刀《たち》に心を取らるゝなり。われ切られじと思う所に心を置けば、切られじと思う所に心を取らるゝなり。人の構《かまえ》に心を置けば、人の構《かまえ》に心を取らるゝなり。兎角心の置き所はないとある」
 「よく忘れずに諳誦《あんしょう》したものですね。伯父さんも中々記憶がいゝ。長いじゃありませんか。苦沙彌君分ったかい」
 「成程」と今度も成程で済まして仕舞った。
 「なあ、あなた、そうで御座りましょう。心を何処《どこ》に置こうぞ、敵の身の働《はたらき》に心を置けば、敵の働《はたらき》に心を取らるゝなり。敵の太刀《たち》に心を置けば……」
 「伯父さん苦沙彌君はそんな事は、よく心得て居《い》るんですよ。近頃は毎日書斎で精神の修養ばかりして居《い》るんですから。客があっても取次《とりつぎ》に出ない位心を置き去りにして居《い》るんだから大丈夫ですよ」
 「や、それは御奇特《ごきどく》な事で――御前《おまえ》抔《など》もちと御一所《ごいっしょ》にやったらよかろう」
 「ヘヽヽそんな暇《ひま》はありませんよ。伯父さんは自分が楽なからだだもんだから、人も遊んでると思って居《い》らっしゃるんでしょう」
 「実際遊んでるじゃないかの」
 「所が閑中《かんちゅう》自《おのず》から忙《ぼう》ありでね」
 「そう、疎忽《そこつ》だから修業せんといかないと云うのよ、忙中《ぼうちゅう》自《おのず》から閑《かん》ありと云う成句《せいく》はあるが、閑中《かんちゅう》自《おのず》から忙《ぼう》ありと云うのは聞いた事がない。なあ苦沙彌さん」
 「えゝ、どうも聞きません様《よう》で」
 「ハヽヽヽそうなっちゃあ敵《かな》わない。時に伯父さんどうです。久し振りで東京の鰻《うなぎ》でも食っちゃあ。竹葉《ちくよう》でも奢《おご》りましょう。是から電車で行《ゆ》くとすぐです」
 「鰻《うなぎ》も結構だが、今日は是からすい[#「すい」に傍点]原《はら》へ行《ゆ》く約束があるから、わしは是で御免を蒙《こうむ》ろう」
 「あゝ杉原《すぎはら》ですか、あの爺さんも達者ですね」
 「杉原ではない、すい[#「すい」に傍点]原さ。御前《おまえ》はよく間違《まちがい》ばかり云って困る。他人の姓名を取り違えるのは失礼だ。よく気をつけんといけない」
 「だって杉原とかいてあるじゃありませんか」
 「杉原と書いてすい[#「すい」に傍点]原と読むのさ」
 「妙ですね」
 「なに妙な事があるものか。名目《みょうもく》読みと云って昔からある事さ。蚯蚓《きゅういん》を和名《わみょう》でみゝず[#「みゝず」に傍点]と云う。あれは目見ず[#「目見ず」に傍点]の名目《みょうもく》よみで。蝦蟆《がま》の事をかいる[#「かいる」に傍点]と云うのと同じ事さ」
 「へえ、驚ろいたな」
 「蝦蟆《がま》を打ち殺すと仰向《あおむ》きにかえる[#「かえる」に傍点]。それを名目《みょうもく》読みにかいる[#「かいる」に傍点]と云う。透垣《すきがき》をすい[#「すい」に傍点]垣、茎立《くきたて》をくゝ[#「くゝ」に傍点]立《たて》、皆同じ事だ。杉原《すいはら》をすぎ原などゝ云うのは田舎《いなか》ものゝ言葉さ。少し気を付けないと人に笑われる」
 「じゃ、そのすい[#「すい」に傍点]原へ是から行《ゆ》くんですか。困ったな」
 「なに厭《いや》なら御前《おまえ》は行《ゆ》かんでもいゝ。わし一人で行くから」
 「一人で行《ゆ》けますかい」
 「あるいては六《む》ずかしい。車を雇《やと》って頂《いたゞ》いて、こゝから乗って行《ゆ》こう」
 主人は畏《かしこ》まって直《たゞ》ちに御三《おさん》を車屋へ走らせる。老人は長々と挨拶《あいさつ》をしてチョン髷《まげ》頭へ山高帽をいたゞいて帰って行《ゆ》く。迷亭はあとへ残る。
 「あれが君の伯父さんか」
 「あれが僕の伯父さんさ」
 「成程」と再び座蒲団《ざぶとん》の上へ坐ったなり懐手《ふところで》をして考え込んで居《い》る。
 「ハヽヽ豪傑だろう。僕もあゝ云う伯父さんを持って仕合せなものさ。どこへ連れて行ってもあの通りなんだぜ。君驚ろいたろう」と迷亭君は主人を驚ろかした積《つも》りで大《おおい》に喜んで居《い》る。
 「なにそんなに驚きやしない」
 「あれで驚かなけりゃ、胆力《たんりょく》の据《すわ》ったもんだ」
 「然《しか》しあの伯父さんは中々えらい所がある様《よう》だ。精神の修養を主張する所なぞは大《おおい》に敬服していゝ」
 「敬服していゝかね。君も今に六十位になると矢っ張りあの伯父見た様《よう》に、時候おくれになるかも知れないぜ。確《しっ》かりして呉れ玉え。時候おくれの廻り持ちなんか気が利《き》かないよ」
 「君はしきりに時候おくれを気にするが、時と場合によると、時候おくれの方《ほう》がえらい[#「えらい」に傍点]んだぜ。第一今の学問と云うものは先へ先へと行《ゆ》く丈《だけ》で、どこ迄行ったって際限はありゃしない。到底満足は得られやしない。そこへ行《ゆ》くと東洋流の学問は消極的で大《おおい》に味《あじわい》がある。心|其《その》ものゝ修業をするのだから」と先達《せんだっ》て哲学者から承《うけたま》わった通りを自説の様《よう》に述べ立てる。
 「えらい事になって来たぜ。何《なん》だか八木《やぎ》獨仙《どくせん》君の様《よう》な事を云ってるね」
 八木獨仙と云う名を聞いて主人ははっと驚ろいた。実《じつ》は先達《せんだっ》て臥龍窟《がりょうくつ》を訪問して主人を説服《せっぷく》に及んで悠然と立ち帰った哲学者と云うのが取《とり》も直《なお》さず此《この》八木獨仙君であって、今主人が鹿爪《しかつめ》らしく述べ立てゝ居《い》る議論は全く此《この》八木獨仙君の受売《うけうり》なのであるから、知らんと思った迷亭が此《この》先生の名を間不容髪《かんふようはつ》の際《さい》に持ち出したのは暗《あん》に主人の一|夜《や》作りの仮鼻《かりばな》を挫《くじ》いた訳になる。
 「君獨仙の説を聞いた事があるのかい」と主人は剣呑《けんのん》だから念を推《お》して見る。
 「聞いたの、聞かないのって、あの男の説ときたら、十年|前《ぜん》学校に居た時分と今日《こんにち》と少しも変りゃしない」
 「真理はそう変るものじゃないから、変らない所が頼母《たのも》しいかも知れない」
 「まあそんな贔屓《ひいき》があるから獨仙もあれで立ち行《ゆ》くんだね。第一八木と云う名からして、よく出来てるよ。あの髯《ひげ》が君全く山羊《やぎ》だからね。そうしてあれも寄宿舎時代からあの通りの恰好《かっこう》で生えて居たんだ。名前の獨仙|抔《など》も振ったものさ。昔し僕の所へ泊りがけに来て例の通り消極的の修養と云う議論をしてね。いつ迄立っても同じ事を繰り返して已《や》めないから、僕が君もう寝ようじゃないかと云うと、先生気楽なものさ、いや僕は眠くないと澄《すま》し切って、矢っ張り消極論をやるには迷惑したね。仕方がないから君は眠くなかろうけれども、僕の方《ほう》は大変眠いのだから、どうか寝て呉れ玉えと頼むようにして寝かした迄はよかったが――其《その》晩鼠が出て獨仙君の鼻のあたまを噛《かじ》ってね。夜《よ》なかに大騒ぎさ。先生悟った様《よう》な事を云うけれども命は依然として惜しかったと見えて、非常に心配するのさ。鼠の毒が総身《そうしん》にまわると大変だ、君どうかしてくれと責めるには閉口したね。夫《そ》れから仕方がないから台所へ行って紙片《かみぎれ》へ飯粒《めしつぶ》を貼って胡魔化《ごまか》してやったあね」
 「どうして」
 「是は舶来《はくらい》の膏薬《こうやく》で、近来|独逸《ドイツ》の名医が発明したので、印度人《インドじん》抔《など》の毒蛇に噛《か》まれた時に用いると即効があるんだから、是さえ貼って置けば大丈夫だと云ってね」
 「君は其《その》時分から胡魔化《ごまか》す事に妙《みょう》を得て居たんだね」
 「……すると獨仙君はあゝ云う好人物だから、全くだと思って安心してぐう/\寐《ね》て仕舞ったのさ。あくる日起きて見ると膏薬《こうやく》の下から糸屑《いとくず》がぶらさがって例の山羊《やぎ》髯《ひげ》に引っかゝって居たのは滑稽《こっけい》だったよ」
 「然《しか》しあの時分より大分《だいぶ》えらく[#「えらく」に傍点]なった様《よう》だよ」
 「君近頃逢ったのかい」
 「一週間|許《ばか》り前に来て、長い間話しをして行った」
 「どうりで獨仙|流《りゅう》の消極説を振り舞わすと思った」
 「実《じつ》は其時《そのとき》大《おおい》に感心して仕舞ったから、僕も大《おおい》に奮発して修養をやろうと思ってる所なんだ」
 「奮発は結構だがね。あんまり人の云う事を真《ま》に受けると馬鹿を見るぜ。一体君は人の言う事を何《なん》でも蚊《か》でも正直に受けるからいけない。獨仙も口|丈《だけ》は立派なものだがね、いざとなると御互《おたがい》と同じものだよ。君九年前の大地震《おおじしん》を知ってるだろう。あの時寄宿の二階から飛び降りて怪我《けが》をしたものは獨仙君|丈《だけ》なんだからな」
 「あれには当人|大分《だいぶ》説がある様《よう》じゃないか」
 「そうさ、当人に云わせると頗《すこぶ》る難有《ありがた》いものさ。禅の機鋒《きほう》は峻峭《しゅんしょう》なもので、所謂《いわゆる》|石火《せっか》の機となると怖い位早く物に応ずる事が出来る。ほかのものが地震だと云って狼狽《うろた》えて居《い》る所を自分|丈《だけ》は二階の窓から飛び下りた所に修業の効があらわれて嬉しいと云って、跛《びっこ》を引きながらうれしがって居た。負惜《まけおし》みの強い男だ。一体禅とか仏《ぶつ》とか云って騒ぎ立てる連中《れんじゅう》程あやしいのはないぜ」
 「そうかな」と苦沙彌先生少々腰が弱くなる。
 「此間《このあいだ》来た時禅宗坊主の寐言《ねごと》見た様《よう》な事を何か云ってったろう」
 「うん電光影裏《でんこうえいり》に春風《しゅんぷう》をきるとか云う句を教えて行ったよ」
 「其《その》電光さ。あれが十年前からの御箱《おはこ》なんだから可笑《おか》しいよ。無覚《むかく》禅師《ぜんじ》の電光ときたら寄宿舎中誰も知らないものはない位だった。夫《それ》に先生時々せき込むと電光影裏を逆《さか》さまに春風影裏に電光をきると云うから面白い。今度ためして見玉え。向《むこう》で落ち付き払って述べたてゝ居《い》る所を、こっちで色々反対するんだね。するとすぐ顛倒《てんどう》して妙な事を云うよ」
 「君の様《よう》ないたずらものに逢っちゃ叶《かな》わない」
 「どっちがいたずら者だか分りゃしない。僕は禅坊主だの、悟ったのは大嫌《だいきらい》だ。僕の近所に南蔵院《なんぞういん》と云う寺があるが、あすこに八十|許《ばか》りの隠居が居《い》る。それで此間《このあいだ》の白雨《ゆうだち》の時|寺内《じない》へ雷《らい》が落ちて隠居の居《い》る庭先の松の木を割《さ》いて仕舞った。所が和尚《おしょう》泰然として平気だと云うから、よく聞き合わせて見るとから聾《つんぼ》なんだね。それじゃ泰然たる訳さ。大概そんなものさ。獨仙も一人で悟って居ればいゝのだが、稍《やゝ》ともすると人を誘い出すから悪い。現に獨仙の御蔭《おかげ》で二人ばかり気狂《きちがい》にされているからな」
 「誰が」
 「誰がって。一人は理野《りの》陶然《とうぜん》さ。獨仙の御蔭《おかげ》で大《おおい》に禅学に凝《こ》り固まって鎌倉《かまくら》へ出掛けて行って、とう/\出先《でさき》で気狂《きちがい》になって仕舞った。円覚寺《えんがくじ》の前に汽車の踏切りがあるだろう、あの踏切り内へ飛び込んでレールの上で座禅をするんだね。夫《それ》で向うから来る汽車をとめて見せると云う大気焔《だいきえん》さ。尤《もっと》も汽車の方《ほう》で留《とま》ってくれたから一|命《めい》丈《だけ》はとりとめたが、其《その》代り今度は火に入《い》って焼けず、水に入《い》って溺《おぼ》れぬ金剛不壊《こんごうふえ》のからだゞと号して寺内《じない》の蓮池へ這入ってぶく/\あるき廻ったもんだ」
 「死んだかい」
 「其時《そのとき》も幸《さいわい》、道場の坊主が通りかゝって助けてくれたが、其後《そのご》東京へ帰ってから、とう/\腹膜炎で死んで仕舞った。死んだのは腹膜炎だが、腹膜炎になった原因は僧堂で麦飯や万年漬《まんねんづけ》を食ったせいだから、詰る所は間接に獨仙が殺した様《よう》なものさ」
 「無暗《むやみ》に熱中するのも善《よ》し悪《あ》ししだね」と主人は一寸《ちょっと》気味のわるいという顔付《かおつき》をする。
 「本当にさ。獨仙にやられたのがもう一人同窓中にある」
 「あぶないね。誰だい」
 「立町《たちまち》老梅《ろうばい》君さ。あの男も全く獨仙にそゝのかされて鰻《うなぎ》が天上《てんじょう》する様《よう》な事ばかり言って居たが、とう/\君本物になって仕舞った」
 「本物たあ何《なん》だい」
 「とう/\鰻《うなぎ》が天上《てんじょう》して、豚が仙人になったのさ」
 「何《なん》の事だい、それは」
 「八木が獨仙なら、立町は豚仙さ、あの位食い意地のきたない男はなかったが、あの食意地《くいいじ》と禅坊主のわる意地が併発したのだから助からない。始めは僕等も気がつかなかったが今から考えると妙な事ばかり並べて居たよ。僕のうち抔《など》へ来て君あの松の木へカツレツが飛んできやしませんかの、僕の国では蒲鉾《かまぼこ》が板へ乗って泳いで居ますのって、頻《しき》りに警句を吐いたものさ。只吐いて居《い》るうちはよかったが君表のどぶ[#「どぶ」に傍点]へ金とんを[#「とんを」に傍点]掘りに行《ゆ》きましょうと促《うな》がすに至っては僕も降参したね。夫《それ》から二三日《にさんち》すると遂《つい》に豚仙になって巣鴨《すがも》へ収容されて仕舞った。元来豚なんぞが気狂《きちがい》になる資格はないんだが、全く獨仙の御蔭《おかげ》であすこ迄漕ぎ付けたんだね。獨仙の勢力も中々えらいよ」
 「へえ、今でも巣鴨《すがも》に居《い》るのかい」
 「居《い》るだんじゃない。自大狂《じだいきょう》で大気焔を吐いて居《い》る。近頃は立町老梅なんて名はつまらないと云うので、自《みずか》ら天道《てんどう》公平と号して、天道《てんどう》の権化《ごんげ》を以《もっ》て任じて居《い》る。すさまじいものだよ。まあ一寸《ちょっと》行って見給え」
 「天道公平?」
 「天道公平だよ。気狂《きちがい》の癖にうまい名をつけたものだね。時々は孔平とも書く事がある。夫《それ》で何《なん》でも世人《せじん》が迷ってるから是非救ってやりたいと云うので、無暗《むやみ》に友人や何かへ手紙を出すんだね。僕も四五通貰ったが、中には中々長い奴があって不足税を二度|許《ばか》りとられたよ」
 「夫《それ》じゃ僕の所《とこ》へ来たのも老梅から来たんだ」
 「君の所《とこ》へも来たのかい。そいつは妙《みょう》だ。矢っ張り赤い状袋だろう」
 「うん、真中《まんなか》が赤くて左右が白い。一|風《ぷう》変った状袋だ」
 「あれはね、わざ/\支那から取り寄せるのだそうだよ。天の道は白なり、地の道は白なり、人は中間に在《あ》って赤しと云う豚仙の格言を示したんだって……」
 「中々|因縁《いんねん》のある状袋だね」
 「気狂《きちがい》丈《だけ》に大《おおい》に凝《こ》ったものさ。そうして気狂《きちがい》になっても食意地《くいいじ》丈《だけ》は依然として存して居《い》るものと見えて、毎回必ず食物《くいもの》の事がかいてあるから奇妙だ。君の所《とこ》へも何《なん》とか云って来たろう」
 「うん、海鼠《なまこ》の事がかいてある」
 「老梅は海鼠《なまこ》が好きだったからね。尤《もっと》もだ。夫《それ》から?」
 「夫《それ》から河豚《ふぐ》と朝鮮仁参《ちょせんにんじん》か何か書いてある」
 「河豚《ふぐ》と朝鮮仁参《ちょうせんにんじん》の取り合せは旨《うま》いね。大方《おおかた》河豚《ふぐ》を食って中《あた》ったら朝鮮仁参を煎《せん》じて飲めとでも云う積《つも》りなんだろう」
 「そうでもない様《よう》だ」
 「そうでなくても構わないさ。どうせ気狂《きちがい》だもの。夫《そ》れっきりかい」
 「まだある。苦沙彌先生御茶でも上がれと云う句がある」
 「アハヽヽ御茶でも上がれはきびし過ぎる。夫《それ》で大《おおい》に君をやり込めた積《つも》りに違《ちがい》ない。大出来《おおでき》だ。天道公平君万歳だ」と迷亭先生は面白がって、大《おおい》に笑い出す。主人は少《すくな》からざる尊敬を以《もっ》て反覆《はんぷく》読誦《どくしょう》した書翰《しょかん》の差出人が金箔つきの狂人であると知ってから、最前《さいぜん》の熱心と苦心が何《なん》だか無駄骨の様《よう》な気がして腹立たしくもあり、又|瘋癲《ふうてん》病者の文章を左程心労して翫味《がんみ》したかと思うと恥ずかしくもあり、最後に狂人の作に是程感服する以上は自分も多少神経に異状がありはせぬかとの疑念もあるので、立腹と、慚愧《ざんき》と、心配の合併した状態で何《なん》だか落ち付かない顔付《かおつき》をして控《ひか》えて居《い》る。
 折《おり》から表格子《おもてごうし》をあらゝかに開けて、重い靴の音が二《ふ》た足程|沓脱《くつぬぎ》に響いたと思ったら「一寸《ちょっと》頼みます、一寸《ちょっと》頼みます」と大きな声がする。主人の尻の重いに反して迷亭は頗《すこぶ》る気軽な男であるから、御三の取次《とりつぎ》に出るのも待たず、通れ[#「通れ」に傍点]と云いながら隔《へだ》ての中の間《ま》を二《ふ》た足|許《ばか》り飛び越えて玄関に躍《おど》り出した。人のうちへ案内も乞わずにつか/\這入り込む所は迷惑の様《よう》だが、人のうちへ這入った以上は書生同様|取次《とりつぎ》を務《つと》めるから甚《はなは》だ便利である。いくら迷亭でも御客さんには相違ない、其《その》御客さんが玄関へ出張するのに主人たる苦沙彌先生が座敷へ構え込んで動かん法はない。普通の男ならあとから引き続いて出陣すべき筈《はず》であるが、そこが苦沙彌先生である。平気に座布団《ざぶとん》の上へ尻を落ち付けて居《い》る。但《たゞ》し落ち付けて居《い》るのと、落ち付いて居《い》るのとは、其《その》趣《おもむき》は大分《だいぶ》似て居《い》るが、其《その》実《じつ》質は余程違う。
 玄関へ飛び出した迷亭は何かしきりに弁じて居たが、やがて奥の方を向いて「おい御主人|一寸《ちょっと》御足労だが出てくれ玉え。君でなくっちゃ、間《ま》に合わない」と大きな声を出す。主人は已《やむ》を得ず懐手《ふところで》の儘《まゝ》のそり/\と出てくる。見ると迷亭君は一枚の名刺を握った儘《まゝ》しゃがんで挨拶《あいさつ》をして居《い》る。頗《すこぶ》る威厳のない腰つきである。其《その》名刺には警視庁刑事巡査吉田虎藏とある。虎藏君と並んで立って居《い》るのは二十五六の脊《せい》の高い、いなせ[#「いなせ」に傍点]な唐桟《とうざん》ずくめの男である。妙な事に此《この》男は主人と同じく懐手《ふところで》をした儘《まゝ》、無言で突立《つった》っている。何《なん》だか見た様《よう》な顔だと思って能《よ》く/\観察すると、見た様《よう》な所《どころ》じゃない。此間《このあいだ》深夜御来訪になって山の芋を持って行《ゆ》かれた泥棒君である。おや今度は白昼《はくちゅう》公然と玄関から御出《おいで》になったな。
 「おい此《この》方《かた》は刑事巡査で先達《せんだっ》ての泥棒をつらまえたから、君に出頭しろと云うんで、わざ/\御出《おいで》になったんだよ」
 主人は漸《ようや》く刑事が踏み込んだ理由が分ったと見えて、頭をさげて泥棒の方《ほう》を向いて鄭寧《ていねい》に御辞儀をした。泥棒の方《ほう》が虎藏君より男振りがいゝので、こっちが刑事だと早合点《はやがてん》をしたのだろう。泥棒も驚ろいたに相違ないが、まさか私が泥棒ですよと断わる訳にも行《ゆ》かなかったと見えて、澄まして立って居《い》る。矢張り懐手《ふところで》の儘《まゝ》である。尤《もっと》も手錠をはめて居《い》るのだから、出そうと云っても出る気遣《きづかい》はない。通例のものなら此《この》様子で大抵はわかる筈《はず》だが、この主人は当世の人間に似合わず、無暗《むやみ》に役人や警察を難有《ありがた》がる癖がある。御上《おかみ》の御威光となると非常に恐しいものと心得《こゝろえ》て居《い》る。尤《もっと》も理論上から云うと、巡査なぞは自分達が金を出して番人に雇って置くのだ位の事は心得《こゝろえ》て居《い》るのだが、実際に臨《のぞ》むといやにへえ/\する。主人のおやじは其《その》昔場末の名主であったから、上の者にぴょこ/\頭を下げて暮した習慣が、因果となって斯様《かよう》に子に酬《むく》ったのかも知れない。まことに気の毒な至りである。
 巡査は可笑《おか》しかったと見えて、にや/\笑いながら「あしたね、午前九時迄に日本堤《にほんづゝみ》の分署迄来て下さい。――盗難品は何《なん》と何《なん》でしたかね」
 「盗難品は……」と云いかけたが、生憎《あいにく》先生大概忘れて居《い》る。只覚えて居《い》るのは多々良三平の山の芋|丈《だけ》である。山の芋|抔《など》はどうでも構わんと思ったが、盗難品は……と云いかけてあとが出ないのは如何《いか》にも与太郎の様《よう》で体裁《ていさい》がわるい。人が盗まれたならいざ知らず、自分が盗まれて置きながら、明瞭の答《こたえ》が出来んのは一人前ではない証拠だと、思い切って「盗難品は……山の芋一箱」とつけた。
 泥棒は此《この》時余程|可笑《おか》しかったと見えて、下を向いて着物の襟《えり》へあごを入れた。迷亭はアハヽヽと笑いながら「山の芋が余程惜しかったと見えるね」と云った。巡査|丈《だけ》は存外真面目である。
 「山の芋は出ない様《よう》だが外《ほか》の物件は大概戻った様《よう》です。――まあ来て見たら分るでしょう。夫《それ》でね、下《さ》げ渡したら請書《うけしょ》が入《い》るから、印形《いんぎょう》を忘れずに持って御出《おいで》なさい。――九時迄に来なくってはいかん。日本堤《にほんづゝみ》分署です。――浅草《あさくさ》警察署の管轄内《かんかつない》の日本堤《にほんづゝみ》分署です。――それじゃ、左様《さよう》なら」と独《ひと》りで弁じて帰って行《ゆ》く。泥棒君も続いて門を出る。手が出せないので、門をしめる事が出来ないから開け放《はな》しの儘《まゝ》行って仕舞った。恐れ入りながらも不平と見えて、主人は頬をふくらして、ぴしゃりと立て切った。
 「アハヽヽ君は刑事を大変尊敬するね。つねにあゝ云う恭謙《きょうけん》な態度を持ってるといゝ男だが、君は巡査|丈《だけ》に鄭寧《ていねい》なんだから困る」
 「だって折角《せっかく》知らせて来てくれたんじゃないか」
 「知らせに来るったって、先は商売だよ。当り前にあしらってりゃ沢山《たくさん》だ」
 「然《しか》し只の商売じゃない」
 「無論只の商売じゃない。探偵と云ういけすかない商売さ。あたり前の商売より下等だね」
 「君そんな事を云うと、ひどい目に逢うぜ」
 「ハヽヽ夫《そ》れじゃ刑事の悪口《わるくち》はやめにしよう。然《しか》し君刑事を尊敬するのは、まだしもだが、泥棒を尊敬するに至っては、驚かざるを得んよ」
 「誰が泥棒を尊敬したい」
 「君がしたのさ」
 「僕が泥棒に近付きがあるもんか」
 「あるもんかって君は泥棒に御辞儀をしたじゃないか」
 「いつ?」
 「たった今平身低頭したじゃないか」
 「馬鹿あ云ってら、あれは刑事だね」
 「刑事があんななり[#「なり」に傍点]をするものか」
 「刑事だからあんななり[#「なり」に傍点]をするんじゃないか」
 「頑固《がんこ》だな」
 「君こそ頑固《がんこ》だ」
 「まあ第一、刑事が人の所へ来てあんなに懐手《ふところで》なんかして、突立《つったっ》て居《い》るものかね」
 「刑事だって懐手《ふところで》をしないとは限るまい」
 「そう猛烈にやって来ては恐れ入るがね。君が御辞儀をする間あいつは始終《しじゅう》あの儘《まゝ》で立って居たのだぜ」
 「刑事だから其《その》位の事はあるかも知れんさ」
 「どうも自信家だな。いくら云っても聞かないね」
 「聞かないさ。君は口先|許《ばか》りで泥棒だ泥棒だと云ってる丈《だけ》で、其《その》泥棒が這入る所を見届けた訳じゃないんだから。たゞそう思って独《ひと》りで強情《ごうじょう》を張ってるんだ」
 迷亭も是《こゝ》に於《おい》て到底|済度《さいど》すべからざる男と断念したものと見えて、例に似ず黙って仕舞った。主人は久し振りで迷亭を凹《へこ》ましたと思って大《だい》得意である。迷亭から見ると主人の価値は強情《ごうじょう》を張った丈《だけ》下落した積《つも》りであるが、主人から云うと強情《ごうじょう》を張った丈《だけ》迷亭よりえらくなったのである。世の中にはこんな頓珍漢な事はまゝある。強情《ごうじょう》さえ張り通せば勝った気で居《い》るうちに、当人の人物としての相場は遙かに下落して仕舞う。不思議な事に頑固《がんこ》の本人は死ぬ迄自分は面目《めんぼく》を施《ほど》こした積《つも》りかなにかで、其時《そのとき》以後人が軽蔑して相手にして呉れないのだとは夢にも悟り得ない。幸福なものである。こんな幸福を豚的幸福と名づけるのだそうだ。
 「兎も角もあした行《ゆ》く積《つも》りかい」
 「行《ゆ》くとも、九時迄に来いと云うから、八時から出て行《ゆ》く」
 「学校はどうする」
 「休むさ。学校なんか」と擲《たゝ》きつける様《よう》に云ったのは壮《さかん》なものだった。
 「えらい勢《いきおい》だね。休んでもいゝのかい」
 「いゝとも僕の学校は月給だから、差し引かれる気遣《きづかい》はない、大丈夫だ」と真直《まっすぐ》に白状して仕舞った。ずるい[#「ずるい」に傍点]事もずるい[#「ずるい」に傍点]が、単純なことも単純なものだ。
 「君、行《ゆ》くのはいゝが路《みち》を知ってるかい」
 「知るものか。車に乗って行《ゆ》けば訳はないだろう」とぷん/\して居《い》る。
 「静岡《しずおか》の伯父に譲らざる東京|通《つう》なるに恐れ入る」
 「いくらでも恐れ入るがいゝ」
 「ハヽヽ日本堤《にほんづゝみ》分署と云うのはね、君只の所じゃないよ。吉原《よしわら》だよ」
 「何《なん》だ?」
 「吉原《よしわら》だよ」
 「あの遊廓のある吉原《よしわら》か?」
 「そうさ、吉原《よしわら》と云やあ、東京に一つしかないやね。どうだ、行って見る気かい」と迷亭君又からかいかける。
 主人は吉原《よしわら》と聞いて、そいつは[#「そいつは」に傍点]と少々|逡巡《しゅんじゅん》の体《てい》であったが、忽《たちま》ち思い返して「吉原《よしわら》だろうが、遊廓だろうが、一|反《たん》行《ゆ》くと云った以上は屹度《きっと》行《ゆ》く」と入《い》らざる所に力味《りきん》で見せた。愚人は得てこんな所に意地を張るものだ。
 迷亭君は「まあ面白かろう、見て来玉え」と云ったのみである。一波瀾を生じた刑事々件は是で一先《ひとま》ず落着《らくちゃく》を告げた。迷亭は夫《それ》から相変らず駄弁を弄《ろう》して日暮れ方《がた》、あまり遅くなると伯父に怒《おこ》られると云って帰って行った。
 迷亭が帰ってから、そこ/\に晩飯を済まして、又書斎へ引き揚げた主人は再び拱手《きょうしゅ》して下《しも》の様《よう》に考え始めた。
 「自分が感服して、大《おおい》に見習おうとした八木獨仙君も迷亭の話しによって見ると、別段見習うにも及ばない人間の様《よう》である。のみならず彼の唱道する所の説は何《なん》だか非常識で、迷亭の云う通り多少|瘋癲《ふうてん》的系統に属しても居《お》りそうだ。況《いわ》んや彼は歴乎《れっき》とした二人の気狂《きちがい》の子分を有して居《い》る。甚《はなは》だ危険である。滅多に近寄ると同系統内に引き摺《ず》り込まれそうである。自分が文章の上に於《おい》て驚嘆の余《よ》、是こそ大《だい》見識を有して居《い》る偉人に相違ないと思い込んだ天道公平|事《こと》実名《じつみょう》立町老梅は純然たる狂人であって、現に巣鴨《すがも》の病院に起居《ききょ》している。迷亭の記述が棒大《ぼうだい》のざれ言《ごと》にもせよ、彼が瘋癲院《ふうてんいん》中《ちゅう》に盛名《せいめい》を擅《ほしい》まゝにして天道の主宰を以《もっ》て自《みずか》ら任ずるは恐らく事実であろう。こう云う自分もことに因《よ》ると少々御座って居《い》るかも知れない。同気《どうき》相《あい》求め、同類|相《あい》集まると云うから、気狂《きちがい》の説に感服する以上は――少なくとも其《その》文章|言辞《げんじ》に同情を表する以上は――自分も亦|気狂《きちがい》に縁《えん》の近い者であるだろう。よし同型中に鋳化《ちゅうか》せられんでも軒《のき》を比《なら》べて狂人と隣り合せに居《きょ》を卜《ぼく》するとすれば、境《さかい》の壁を一重《ひとえ》打ち抜いていつの間《ま》にか同室内に膝を突き合せて談笑する事がないとも限らん。こいつは大変だ。成程考えて見ると此程中《このほどちゅう》から自分の脳の作用は我ながら驚く位|奇上《きじょう》に妙《みょう》を点じ変傍《へんぼう》に珍《ちん》を添えて居《い》る。脳漿《のうしょう》一|勺《せき》の化学的変化は兎に角意志の動いて行為となる所、発して言辞《げんじ》と化する辺《あたり》には不思議にも中庸《ちゅうよう》を失した点が多い。舌上《ぜつじょう》に龍泉《りゅうせん》なく、腋下《えきか》に清風《せいふう》を生ぜざるも、歯根《しこん》に狂臭あり、筋頭《きんとう》に瘋味《ふうみ》あるを奈何《いかん》せん。愈《いよ/\》大変だ。ことによるともう既に立派な患者になって居《い》るのではないかしらん。まだ幸《さいわい》に人を傷《きずつ》けたり、世間の邪魔になる事をし出かさんから矢張り町内を追払《おいはら》われずに、東京市民として存在して居《い》るのではなかろうか。こいつは消極の積極のと云う段じゃない。先《ま》ず脈搏からして検査しなくてはならん。然《しか》し脈には変りはない様《よう》だ。頭は熱いかしらん。是も別に逆上の気味でもない。然《しか》しどうも心配だ」
 「こう自分と気狂《きちがい》ばかりを比較して類似《るいじ》の点ばかり勘定して居ては、どうしても気狂《きちがい》の領分を脱する事は出来そうにもない。是は方法がわるかった。気狂《きちがい》を標準にして自分を其方《そっち》へ引きつけて解釈するからこんな結論が出るのである。もし健康な人を本位にして其《その》傍《そば》へ自分を置いて考えて見たら或《あるい》は反対の結果が出るかも知れない。夫《それ》には先《ま》ず手近から始めなくてはいかん。第一に今日来たフロックコートの伯父さんはどうだ。心をどこに置こうぞ……あれも少々怪しい様《よう》だ。第二は寒月はどうだ。朝から晩迄弁当持参で珠《たま》ばかり磨《みが》いて居《い》る。これも棒組だ。第三にと……迷亭?あれはふざけ廻るのを天職の様《よう》に心得て居《い》る。全く陽性の気狂《きちがい》に相違ない。第四はと……金田の妻君。あの毒悪《どくあく》な根性は全く常識をはずれて居《い》る。純然たる気じるしに極《きま》ってる。第五は金田君の番だ。金田君には御目に懸《かゝ》った事はないが、先《ま》ずあの細君を恭《うや/\》しくおっ立てゝ、琴瑟《きんしつ》調和して居《い》る所を見ると非凡の人間と見立てゝ差支《さしつかえ》あるまい。非凡は気狂《きちがい》の異名《いみょう》であるから、先《ま》ず是も同類にして置いて構わない。夫《それ》からと、――まだあるある。落雲館の諸君子だ、年齢から云うとまだ芽生《めば》えだが、躁狂《そうきょう》の点に於《おい》ては一|世《せい》を空《むな》しゅうするに足る天晴《あっぱれ》な豪《ごう》のものである。こう数え立てゝ見ると大抵のものは同類の様《よう》である。案外心丈夫になって来た。ことによると社会はみんな気狂《きちがい》の寄り合《あい》かも知れない。気狂《きちがい》が集合して鎬《しのぎ》を削ってつかみ合い、いがみ合い、罵《のゝし》り合い、奪い合って、其《その》全体が団体として細胞の様《よう》に崩れたり、持ち上《あが》ったり、持ち上《あが》ったり、崩れたりして暮して行《ゆ》くのを社会と云うのではないか知らん。其中《そのなか》で多少理屈がわかって、分別《ふんべつ》のある奴は却《かえ》って邪魔になるから、瘋癲院《ふうてんいん》というものを作って、こゝへ押し込めて出られない様《よう》にするのではないかしらん。すると瘋癲院《ふうてんいん》に幽閉されて居《い》るものは普通の人で、院外にあばれて居《い》るものは却《かえ》って気狂《きちがい》である。気狂《きちがい》も孤立して居《い》る間はどこ迄も気狂《きちがい》にされて仕舞うが、団体となって勢力が出ると、健全の人間になって仕舞うのかも知れない。大きな気狂《きちがい》が金力や威力を濫用《らんよう》して多くの小《しょう》気狂《きちがい》を使役《しえき》して乱暴を働いて、人から立派な男だと云われて居《い》る例は少なくない。何が何《なん》だか分らなくなった」
 以上は主人が当夜《とうや》煢々《けい/\》たる孤燈《ことう》の下《もと》で沈思《ちんし》熟慮した時の心的作用を有《あり》の儘《まゝ》に描き出したものである。彼の頭脳の不透明なる事はこゝにも著《いちじ》るしくあらわれて居《い》る。彼はカイゼルに似た八字|髯《ひげ》を蓄《たくわ》うるにも拘《かゝわ》らず狂人と常人《じょうじん》の差別さえなし得ぬ位の凡倉《ぼんくら》である。のみならず彼は折角《せっかく》此《この》問題を提供して自己の思索力に訴えながら、遂《つい》に何等《なんら》の結論に達せずしてやめて仕舞った。何事によらず彼れは徹底的に考える脳力のない男である。彼の結論の茫漠《ぼうばく》として、彼の鼻孔《びこう》から迸出《ほうしゅつ》する朝日の烟《けむり》の如く、捕捉《ほそく》しがたきは、彼の議論に於《おけ》る唯《ゆい》一の特色として記憶すべき事実である。
 吾輩は猫である。猫の癖にどうして主人の心中《しんちゅう》をかく精密に記述し得《う》るかと疑うものがあるかも知れんが、此《この》位な事は猫にとって何《なん》でもない。吾輩は是で読心術を心得て居《い》る。いつ心得たなんて、そんな余計な事を聞かんでもいゝ。ともかくも心得て居《い》る。人間の膝の上へ乗って眠っているうちに、吾輩は吾輩の柔《やわら》かな毛衣《けごろも》をそっと人間の腹にこすり付ける。すると一|道《どう》の電気が起って彼の腹の中の行きさつが手にとる様《よう》に吾輩の心眼《しんがん》に映ずる。先達《せんだっ》て抔《など》は主人がやさしく吾輩の頭を撫で廻しながら、突然|此《この》猫の皮を剥《は》いでちゃん/\[#「ちゃん/\」に傍点]にしたら嘸《さぞ》あたゝかでよかろうと飛んでもない了見をむら/\と起したのを即座に気取《けど》って覚えずひやっとした事さえある。怖い事だ。当夜《とうや》主人の頭のなかに起った以上の思想もそんな訳合《わけあい》で幸《さいわい》にも諸君に御報道する事が出来る様《よう》に相《あい》成ったのは吾輩の大《おおい》に栄誉とする所である。但《たゞ》し主人は「何が何《なん》だか分らなくなった」迄考えて其《その》あとはぐう/\寐《ね》て仕舞ったのである、あすになれば何をどこ迄考えたか丸で忘れてしまうに違《ちがい》ない。向後《こうご》もし主人が気狂《きちがい》に就《つい》て考える事があるとすれば、もう一|返《ぺん》出直して頭から考え始めなければならぬ。そうすると果してこんな径路を取って、こんな風《ふう》に「何が何《なん》だか分らなくなる」かどうだか保証出来ない。然《しか》し何返《なんべん》考え直しても、何条の径路をとって進もうとも、遂《つい》に「何が何《なん》だか分らなくなる」丈《だけ》は慥《たし》かである。

 「珍らしいね、久しく来なかったじゃないか」と津田君《つだくん》が出過ぎた洋燈《ランプ》の穂を細めながら尋ねた。
 津田君がこう云った時、余《よ》ははち切れて膝頭《ひざがしら》の出そうなズボンの上で、相馬焼《そうまやき》の茶碗の糸底《いとぞこ》を三本指でぐる/\廻しながら考えた。成程珍らしいに相違ない、此《この》正月に顔を合せたぎり、花盛りの今日迄津田君の下宿を訪問した事はない。
 「来《き》よう/\と思いながら、つい忙がしいものだから――」
 「そりぁ、忙がしいだろう、何《なん》と云っても学校に居たうちとは違うからね、此頃《このごろ》でも矢張り午後六時迄かい」
 「まあ大概その位さ、家《うち》へ帰って飯を食うとそれなり寝て仕舞う。勉強所か湯にも碌々《ろく/\》這入らない位だ」と余《よ》は茶碗を畳の上へ置いて、卒業が恨めしいと云う顔をして見せる。
 津田君は此《この》一|言《ごん》に少々同情の念を起したと見えて「成程少し瘠《や》せた様《よう》だぜ、余程苦しいのだろう」と云う。気のせいか当人は学士になってから少々|肥《ふと》った様《よう》に見えるのが癪《しゃく》に障《さわ》る。机の上に何《なん》だか面白そうな本を広げて右の頁《ページ》の上に鉛筆で註が入れてある。こんな閑《ひま》があるかと思うと羨《うらやま》しくもあり、忌々《いま/\》しくもあり、同時に吾身《わがみ》が恨めしくなる。
 「君《きみ》は不相変《あいかわらず》勉強で結構だ、其《その》読みかけてある本は何かね。ノート抔《など》を入れて大分《だいぶ》叮嚀《ていねい》に調べて居《い》るじゃないか」
 「是か、なに是は幽霊の本さ」と津田君は頗《すこぶ》る平気な顔をして居《い》る。此《この》忙しい世の中に、流行《はや》りもせぬ幽霊の書物を澄まして愛読する抔《など》というのは、呑気を通り越して贅沢《ぜいたく》の沙汰だと思う。
 「僕も気楽に幽霊でも研究して見たいが、――どうも毎日|芝《しば》から小石川《こいしかわ》の奥迄帰るのだから研究は愚《おろ》か、自分が幽霊になりそうな位さ、考えると心細くなって仕舞う」
 「そうだったね、つい忘れて居た。どうだい新所帯《しんじょたい》の味は。一戸を構えると自《おのず》から主人らしい心持《こゝろもち》がするかね」と津田君は幽霊を研究する丈《だけ》あって心理作用に立ち入った質問をする。
 「あんまり主人らしい心持《こゝろもち》もしないさ。矢ッ張り下宿の方《ほう》が気楽でいゝ様《よう》だ。あれでも万事整頓して居たら旦那の心持《こゝろもち》と云う特別な心持《こゝろもち》になれるかも知れんが、何しろ真鍮《しんちゅう》の薬罐《やかん》で湯を沸かしたり、ブリッキの金盥《かなだらい》で顔を洗ってる内は主人らしくないからな」と実際の所を白状する。
 「夫《それ》でも主人さ。是が俺のうちだと思えば何《なん》となく愉快だろう。所有と云う事と愛惜《あいせき》という事は大抵の場合に於《おい》て伴《とも》なうのが原則だから」と津田君は心理学的に人の心を説明して呉れる。学者と云うものは頼みもせぬ事を一々説明してくれる[#「くれる」に傍点]者である。
 「俺の家《うち》だと思えばどうか知らんが、てんで俺の家《うち》だと思い度《たく》ないんだからね。そりゃ名前|丈《だけ》は主人に違いないさ。だから門口《かどぐち》にも名刺|丈《だけ》は張り付けて置いたがね。七円五十銭の家賃の主人なんざあ、主人にした所が見事な主人じゃない。主人|中《ちゅう》の属官なるものだあね。主人になるなら勅任主人か少なくとも奏任主人にならなくっちゃ愉快はないさ。只下宿の時分より面倒が殖《ふ》える許《ばか》りだ」と深くも考えずに浮気の不平|丈《だけ》を発表して相手の気色《けしき》を窺《うかゞ》う。向うが少しでも同意したら、すぐ不平の後陣《ごじん》を繰り出す積《つも》りである。
 「成程真理は其辺《そのへん》にあるかも知れん。下宿を続けて居《い》る僕と、新たに一戸を構えた君《きみ》とは自《おのず》から立脚地が違うからな」と言語は頗《すこぶ》る六《む》ずかしいが兎に角|余《よ》の説に賛成|丈《だけ》はしてくれる。此《この》模様ならもう少し不平を陳列しても差し支《つかえ》はない。
 「先《ま》ずうちへ帰ると婆さんが横綴じの帳面を持って僕の前へ出てくる。今日《こんにち》は御味噌を三銭、大根を二本、鶉豆《うずらまめ》を一銭五厘買いましたと精密なる報告をするんだね。厄介《やっかい》極《きわ》まるのさ」
 「厄介《やっかい》極《きわ》まるなら廃《よ》せばいゝじゃないか」と津田君は下宿人|丈《だけ》あって無雑作《むぞうさ》な事を言う。
 「僕は廃《よ》してもいゝが婆さんが承知しないから困る。そんな事は一々聞かないでもいゝから好加減《いゝかげん》にして呉れと云うと、どう致しまして、奥様の入《い》らっしゃらない御家《おうち》で、御台所を預かって居《お》ります以上は一銭一厘でも間違いがあってはなりません、てって頑《がん》として主人の云う事を聞かないんだからね」
 「夫《それ》じゃあ、只うん/\云って聞いてる振《ふり》をして居《い》りゃ宜《よ》かろう」津田君は外部の刺激の如何《いかん》に関せず心は自由に働き得《う》ると考えて居《い》るらしい。心理学者にも似合《にあわ》しからぬ事だ。
 「然《しか》し夫丈《それだけ》じゃないのだからな。精細《せいさい》なる会計報告が済むと、今度は翌日《あす》の御菜《おかず》に就《つい》て綿密なる指揮を仰《あお》ぐのだから弱る」
 「見計らって調理《こしら》えろと云えば好《い》いじゃないか」
 「所が当人見計らう丈《だけ》に、御菜《おかず》に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」
 「それじゃ君が云い付けるさ。御菜《おかず》のプログラム位訳ないじゃないか」
 「夫《それ》が容易《たやす》く出来る位なら苦にゃならないさ。僕だって御菜上《おかずじょう》の智識は頗《すこぶ》る乏《とぼ》しいやね。明日《あした》の御みおつけ[#「みおつけ」に傍点]の実《み》は何《なん》に致しましょうとくると、最初から即答は出来ない男なんだから……」
 「何《なん》だい御みおつけ[#「みおつけ」に傍点]と云うのは」
 「味噌汁の事さ。東京の婆さんだから、東京|流《りゅう》に御みおつけ[#「みおつけ」に傍点]と云うのだ。先《ま》ず其《その》汁の実《み》を何《なん》に致しましょうと聞かれると、実《み》になり得《う》べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物に就《つい》て取捨《しゅしゃ》をするのが第二の困難だ」
 「そんな困難をして飯を食ってるのは情《なさけ》ない訳だ、君が特別に数寄《すき》なものが無いから困難なんだよ。二個以上の物体を同等の程度で好悪《こうお》するときは決断力の上に遅鈍《ちどん》なる影響を与えるのが原則だ」と又分り切った事を態々《わざ/\》六《む》ずかしくして仕舞う。
 「味噌汁の実《み》迄相談するかと思うと、妙な所へ干渉《かんしょう》するよ」
 「へえ、矢張り食物上《しょくもつじょう》にかね」
 「うん、毎朝梅干に白砂糖を懸けて来て是非一つ食えッて云うんだがね。之《これ》を食わないと婆さん頗《すこぶ》る御機嫌が悪いのさ」
 「食えばどうかするのかい」
 「何《なん》でも疫病除《やくびょうよけ》のまじないだそうだ。そうして婆さんの理由が面白い。日本中どこの宿屋へ泊っても朝、梅干を出さない所はない。まじないが利《き》かなければ、こんなに一般の習慣となる訳がないと云って得意に梅干を食わせるんだからな」
 「成程|夫《それ》は一理あるよ、凡《すべ》ての習慣は皆相応の功力《こうりょく》があるので維持せらるゝのだから、梅干だって一概に馬鹿には出来ないさ」
 「なんて君迄婆さんの肩を持った日にゃ、僕は愈《いよ/\》主人らしからざる心持《こゝろもち》に成って仕舞わあ」と飲みさしの巻烟草《まきたばこ》を火鉢の灰の中へ擲《たゝ》き込む。燃え残りのマッチの散る中に、白いものがさと動いて斜めに一の字が出来る。
 「兎に角|旧弊《きゅうへい》な婆さんだな」
 「旧弊《きゅうへい》はとくに卒業して迷信|婆々《ばゞあ》さ。何《なん》でも月に二三|返《べん》伝通院《でんづういん》辺の何《なん》とか云う坊主の所へ相談に行《ゆ》く様子だ」
 「親類に坊主でもあるのかい」
 「なに坊主が小遣《こづかい》取りに占いをやるんだがね。其《その》坊主が又余計な事|許《ばか》り言うもんだから始末に行かないのさ。現に僕が家《うち》を持つ時|抔《など》も鬼門だとか八方|塞《ふさが》りだとか云って大《おおい》に弱らしたもんだ」
 「だって家《うち》を持ってから其《その》婆さんを雇ったんだろう」
 「雇ったのは引き越す時だが約束は前からして置いたのだからね。実《じつ》はあの婆々《ばゞあ》も四谷《よつや》の宇野《うの》の世話で、是なら大丈夫だ独《ひと》りで留守をさせても心配はないと母が云うから極《き》めた訳さ」
 「夫《それ》なら君の未来の妻君の御母《おっか》さんの御眼鏡《おめがね》で人撰《にんせん》に預《あずか》った婆さんだから慥《たし》かなもんだろう」
 「人間は慥《たし》かに相違ないが迷信には驚いた。何《なん》でも引き越すと云う三日前に例の坊主の所へ行って見て貰ったんだそうだ。すると坊主が今|本郷《ほんごう》から小石川《こいしかわ》の方《ほう》へ向いて動くのは甚《はなは》だよくない、屹度《きっと》家内に不幸があると云ったんだがね。――余計な事じゃないか、何も坊主の癖にそんな知った風《ふう》な妄言《もうごん》を吐かんでもの事だあね」
 「然《しか》しそれが商売だから仕様がない」
 「商売なら勘弁してやるから、金|丈《だけ》貰って当り障《さわ》りのない事を喋舌《しゃべ》るがいゝや」
 「そう怒《おこ》っても僕の咎《とが》じゃないんだから埒《らち》はあかんよ」
 「其上《そのうえ》若い女に祟《たゝ》ると御負けを附加《つたけた》したんだ。さあ婆さん驚くまい事か、僕のうちに若い女があるとすれば近い内貰う筈《はず》の宇野《うの》の娘に相違ないと自分で見解を下《くだ》して独《ひと》りで心配して居《い》るのさ」
 「だって、まだ君の所へは来んのだろう」
 「来んうちから心配をするから取越苦労さ」
 「何《なん》だか洒落《しゃれ》か真面目か分らなくなって来たぜ」
 「丸で御話にも何もなりゃしない。所で近頃僕の家《うち》の近辺で野良犬が遠吠《とおぼえ》をやり出したんだ。……」
 「犬の遠吠と婆さんとは何か関係があるのかい。僕には聯想《れんそう》さえ浮ばんが」と津田君は如何《いか》に得意の心理学でも是は説明が出来|悪《にく》いと一寸《ちょっと》眉《まゆ》を寄せる。余《よ》はわざと落ち付き払って御茶を一杯と云う。相馬焼の茶碗は安くて俗な者である。もとは貧乏士族が内職に焼いたとさえ伝聞《でんぶん》して居《い》る。津田君が三十|匁《め》の出殻《でがら》を浪々《なみ/\》此《この》安茶碗についでくれた時|余《よ》は何《なん》となく厭《いや》な心持《こゝろもち》がして飲む気がしなくなった。茶碗の底を見ると狩野《かのう》法眼《ほうげん》元信《もとのぶ》流《りゅう》の馬が勢《いきおい》よく跳《は》ねて居《い》る。安いに似合わず活溌な馬だと感心はしたが、馬に感心したからと云って飲みたくない茶を飲む義理もあるまいと思って茶碗は手に取らなかった。
 「さあ飲み給え」と津田君が促《うな》がす。
 「此《この》馬は中々|勢《いきおい》がいゝ。あの尻尾《しっぽ》を振って鬣《たてがみ》を乱《みだ》して居《い》る所は野馬《のんま》だね」と茶を飲まない代りに馬を賞《ほ》めてやった。
 「冗談じゃない、婆さんが急に犬になるかと、思うと、犬が急に馬になるのは烈《はげ》しい。夫《それ》からどうしたんだ」と頻《しき》りに後《あと》を聞きたがる。茶は飲まんでも差し支《つか》えない事となる。
 「婆さんが云うには、あの鳴き声は唯《たゞ》の鳴き声ではない、何《なん》でも此辺《このへん》に変があるに相違ないから用心しなくてはいかんと云うのさ。然《しか》し用心をしろと云ったって別段用心の仕様もないから打ち遣《や》って置くから構わないが、うるさいには閉口だ」
 「そんなに鳴き立てるのかい」
 「なに犬はうるさくも何《なん》ともないさ。第一僕はぐう/\寐《ね》て仕舞うから、いつどんなに吠えるのか全く知らん位さ。然《しか》し婆さんの訴えは僕の起きて居《い》る時を択《えら》んで来るから面倒だね」
 「成程|如何《いか》に婆さんでも君の寐《ね》て居《い》る時をよって御気を御付け遊《あそば》せとも云うまい」
 「所へもって来て僕の未来の細君が風邪《かぜ》を引いたんだね。丁度婆さんの御誂《おあつらえ》通《とおり》に事件が輻輳《ふくそう》したからたまらない」
 「それでも宇野《うの》の御嬢さんはまだ四谷《よつや》に居《い》るんだから心配せんでも宜《よ》さそうなものだ」
 「それを心配するから迷信|婆々《ばゞあ》さ、あなたが御移りにならんと御嬢様の御病気がはやく御全快になりませんから是非|此《この》月中《つきじゅう》に方角のいゝ所へ御転宅遊ばせと云う訳さ。飛んだ予言者に捕《つら》まって、大《おお》迷惑だ」
 「移るのもいゝかも知れんよ」
 「馬鹿あ言ってら、此間《このあいだ》越した許《ばか》りだね。そんなに度々《たび/\》引越《ひきこ》しをしたら身代限《しんだいかぎり》をする許《ばか》りだ」
 「然《しか》し病人は大丈夫かい」
 「君迄妙な事を言うぜ。少々|伝通院《でんづういん》の坊主にかぶれて来たんじゃないか。そんなに人を威嚇《おど》かすもんじゃない」
 「威嚇《おど》かすんじゃない、大丈夫かと聞くんだ。是でも君の妻君の身の上を心配した積《つもり》なんだよ」
 「大丈夫に極《きま》ってるさ。咳嗽《せき》は少し出るがインフルエンザなんだもの」
 「インフルエンザ?」と津田君は突然|余《よ》を驚《おどろ》かす程な大きな声を出す。今度は本当に威嚇《おど》かされて、無言の儘《まゝ》津田君の顔を見詰める。
 「よく注意し給え」と二句目は低い声で云った。初めの大きな声に反して此《この》低い声が耳の底をつき抜けて頭の中へしんと浸《し》み込んだ様《よう》な気持がする。何故《なぜ》だか分らない。細い針は根迄這入る、低くても透《とお》る声は骨に答えるのであろう。碧瑠璃《へきるり》の大空に瞳程な黒き点をはたと打たれた様《よう》な心持ちである。消えて失《う》せるか、溶けて流れるか、武庫山《むこやま》卸《おろ》しにならぬとも限らぬ。此《この》瞳程な点の運命は是から津田君の説明で決せられるのである。余《よ》は覚えず相馬焼の茶碗を取り上げて冷たき茶を一|時《じ》にぐっと飲み干した。
 「注意せんといかんよ」と津田君は再び同じ事を同じ調子で繰り返す。瞳程な点が一段の黒味を増す。然《しか》し流れるとも広がるとも片付かぬ。
 「縁喜《えんぎ》でもない、いやに人を驚かせるぜ。ワハヽヽヽヽ」と無理に大きな声で笑って見せたが、腑の抜けた勢《いきおい》のない声が無意味に響くので、我ながら気が付いて中途でぴたりと已《や》めた。やめると同時に此《この》笑《わらい》が愈《いよ/\》不自然に聞かれたので矢張り仕舞迄笑い切れば善《よ》かったと思う。津田君は此《この》笑《わらい》を何《なん》と聞《きい》たか知らん。再び口を開《ひら》いた時は依然として以前の調子である。
 「いや実《じつ》は斯《こ》う云う話がある。つい此間《このあいだ》の事だが、僕の親戚の者が矢張りインフルエンザに罹《かゝ》ってね。別段の事はないと思って好加減《いゝかげん》にして置いたら、一週間目から肺炎に変じて、とう/\一箇月立たない内に死んで仕舞った。其時《そのとき》医者の話さ。此頃《このごろ》のインフルエンザは性《たち》が悪い、じきに肺炎になるから用心をせんといかんと云ったが――実《じつ》に夢の様《よう》さ。可哀《かあい》そうでね」と言い掛けて厭《いや》な寒い顔をする。
 「へえ、それは飛んだ事だった。どうして又肺炎|抔《など》に変じたのだ」と心配だから参考の為め聞いて置く気になる。
 「どうしてって、別段の事情もないのだが――夫《それ》だから君のも注意せんといかんと云うのさ」
 「本当だね」と余《よ》は満腹の真面目を此《この》四文字《よもじ》に籠めて、津田君の眼の中を熱心に覗《のぞ》き込んだ。津田君はまだ寒い顔をして居《い》る。
 「いやだ/\、考えてもいやだ。二十二や三で死んでは実《じつ》に詰らんからね。しかも所天《おっと》は戦争に行ってるんだから――」
 「ふん、女か?そりゃ気の毒だなあ。軍人だね」
 「うん所天《おっと》は陸軍中尉さ。結婚してまだ一年にならんのさ。僕は通夜《つや》にも行《ゆ》き葬式の供《とも》にも立ったが――其《その》夫人の御母《おっか》さんが泣いてね――」
 「泣くだろう、誰だって泣かあ」
 「丁度葬式の当日は雪がちら/\降って寒い日だったが、御経が済んで愈《いよ/\》棺《かん》を埋める段になると、御母《おっか》さんが穴の傍《そば》へしゃがんだぎり動かない。雪が飛んで頭の上が斑《まだら》になるから、僕が蝙蝠傘《こうもり》をさし懸けてやった」
 「それは感心だ、君にも似合わない優《やさ》しい事をしたものだ」
 「だって気の毒で見て居られないもの」
 「そうだろう」と余《よ》は又法眼元信の馬を見る。自分ながら此《この》時は相手の寒い顔が伝染して居《い》るに相違ないと思った。咄嗟《とっさ》の間に死んだ女の所天《おっと》の事が聞いて見たくなる。
 「それで其《その》所天《おっと》の方《ほう》は無事なのかね」
 「所天《おっと》は黒木軍《くろきぐん》に附いて居《い》るんだが、此方《このほう》はまあ幸《さいわい》に怪我《けが》もしない様《よう》だ」
 「細君が死んだと云う報知を受取《うけと》ったら嘸《さぞ》驚いたろう」
 「いや、それに付いて不思議な話があるんだがね、日本から手紙の届かない先に細君がちゃんと亭主の所へ行って居《い》るんだ」
 「行ってるとは?」
 「逢いに行ってるんだ」
 「どうして?」
 「どうしてって、逢いに行ったのさ」
 「逢いに行《ゆ》くにも何《なん》にも当人死んでるんじゃないか」
 「死んで逢いに行ったのさ」
 「馬鹿あ云ってら、いくら亭主が恋しいったって、そんな芸が誰に出来るもんか。丸で林屋《はやしや》正三《しょうぞう》の怪談だ」
 「いや実際行ったんだから、仕様がない」と津田君は教育ある人にも似合ず、頑固《がんこ》に愚《ぐ》な事を主張する。
 「仕様がないって――何《なん》だか見て来た様《よう》な事を云うぜ。可笑《おか》しいな、君本当にそんな事を話してるのかい」
 「無論本当さ」
 「是りゃ驚いた。丸で僕のうちの婆さんの様《よう》だ」
 「婆さんでも爺さんでも事実だから仕方がない」と津田君は愈《いよ/\》躍起《やっき》になる。どうも余《よ》にからかって居《い》る様《よう》にも見えない。はてな真面目で云って居《い》るとすれば何か曰《いわ》くのある事だろう。津田君と余《よ》は大学へ入ってから科は違うたが、高等学校では同じ組に居た事もある。其時《そのとき》余《よ》は大概四十何人の席末《せきまつ》を汚《けが》すのが例であったのに、先生は※[#「山/歸」、第3水準1-47-93]然《きぜん》として常に二三番を下《くだ》らなかった所を以《もっ》て見ると、頭脳は余《よ》よりも三十五六枚|方《がた》明晰《めいせき》に相違ない。其《その》津田君が躍起《やっき》になる迄弁護するのだから満更の出鱈目ではあるまい。余《よ》は法学士である、刻下《こっか》の事件を有《あり》の儘《まゝ》に見て常識で捌《さば》いて行《ゆ》くより外《ほか》に思慮を廻《めぐ》らすのは能《あた》わざるよりも寧《むし》ろ好まざる所である。幽霊だ、祟《たゝり》だ、因縁《いんねん》だ抔《など》と雲を攫《つか》む様《よう》な事を考えるのは一番|嫌《きらい》である。が津田君の頭脳には少々恐れ入って居《い》る。其《その》恐れ入ってる先生が真面目に幽霊談をするとなると、余《よ》も此《この》問題に対する態度を義理にも改めたくなる。実《じつ》を云うと幽霊と雲助《くもすけ》は維新以来永久廃業した者とのみ信じて居たのである。然《しか》るに先刻《さっき》から津田君の容子《ようす》を見ると、何《なん》だか此《この》幽霊なる者が余《よ》の知らぬ間《ま》に再興された様《よう》にもある。先刻《さっき》机の上にある書物は何かと尋ねた時にも幽霊の書物だとか答えたと記憶する。兎に角損はない事だ。忙がしい余《よ》に取ってはこんな機会は又とあるまい。後学の為め話|丈《だけ》でも拝聴して帰ろうと漸《ようや》く肚《はら》の中で決心した。見ると津田君も話の続きがしたいと云う風《ふう》である。話したい、聞きたいと事が極《きま》れば訳はない。漢水《かんすい》は依然として西南に流れるのが千古の法則だ。
 「段々聞き糺《たゞ》して見ると、其《その》妻と云うのが夫《おっと》の出征|前《ぜん》に誓ったのだそうだ」
 「何を?」
 「もし万一御留守中に病気で死ぬ様《よう》な事がありましても只は死にませんて」
 「へえ」
 「必ず魂魄《こんぱく》丈《だけ》は御傍《おそば》へ行って、もう一遍御目に懸《かゝ》りますと云った時に、亭主は軍人で磊落《らいらく》な気性だから笑いながら、よろしい、何時《いつ》でも来なさい、戦《いく》さの見物をさしてやるからと云ったぎり満洲《まんしゅう》へ渡ったんだがね。其後《そのご》そんな事は丸で忘れて仕舞って一向気にも掛けなかったそうだ」
 「そうだろう、僕なんざ軍《いく》さに出なくっても忘れて仕舞わあ」
 「それで其《その》男が出立《しゅったつ》をする時細君が色々手伝って手荷物|抔《など》を買ってやった中に、懐中持《かいちゅうもち》の小さい鏡があったそうだ」
 「ふん。君は大変|詳《くわ》しく調べて居《い》るな」
 「なにあとで戦地から手紙が来たので其《その》顛末《てんまつ》が明瞭になった訳だが。――其《その》鏡を先生常に懐中して居てね」
 「うん」
 「ある朝例の如くそれを取り出して何心《なにごゝろ》なく見たんだそうだ。すると其《その》鏡の奥に写ったのが――いつもの通り髭《ひげ》だらけな垢染《あかじみ》た顔だろうと思うと――不思議だねえ――実《じつ》に妙な事があるじゃないか」
 「どうしたい」
 「青白い細君の病気に窶《やつ》れた姿がスーとあらわれたと云うんだがね――いえ夫《それ》は一寸《ちょっと》信じられんのさ、誰に聞かしても嘘だろうと云うのさ。現に僕|抔《など》も其《そ》の手紙を見る迄は信じない一人であったのさ。然《しか》し向うで手紙を出したのは無論こちらから死去の通知の行った三週間も前なんだぜ。嘘をつくったって嘘にする材料のない時ださ。夫《それ》にそんな嘘をつく必要がないだろうじゃないか。死ぬか生きるかと云う戦争中にこんな小説|染《じみ》た呑気な法螺《ほら》を書いて国元へ送るものは一人もない訳ださ」
 「そりゃ無い」と云ったが実《じつ》はまだ半信半疑である。半信半疑ではあるが何《なん》だか物凄い、気味の悪い、一|言《ごん》にして云うと法学士に似合わしからざる感じが起こった。
 「尤《もっと》も話しはしなかったそうだ。黙って鏡の裏《うち》から夫《おっと》の顔をしけ/″\見詰めたぎりだそうだが、其時《そのとき》夫《おっと》の胸の中《うち》に訣別の時、細君の言った言葉が渦《うず》の様《よう》に忽然《こつぜん》と湧《わ》いて出たと云うんだが、こりゃそうだろう。焼小手《やきごて》で脳味噌をじゅっと焚《や》かれた様《よう》な心持《こゝろもち》だと手紙に書いてあるよ」
 「妙な事があるものだな」手紙の文句迄引用されると是非共信じなければならぬ様《よう》になる。何となく物騒《ぶっそう》な気合《けはい》である。此《この》時津田君がもしワッとでも叫んだら余《よ》は屹度《きっと》飛び上ったに相違ない。
 「それで時間を調べて見ると細君が息を引き取ったのと夫《おっと》が鏡を眺めたのが同日同刻になって居《い》る」
 「愈《いよ/\》不思議だな」是《この》時に至っては真面目に不思議と思い出した。「然《しか》しそんな事が有り得《う》る事かな」と念の為め津田君に聞いて見る。
 「こゝにもそんな事が書いた本があるがね」と津田君は先刻《さっき》の書物を机の上から取り卸《おろ》しながら「近頃じゃ、有り得《う》ると云う事|丈《だけ》は証明されそうだよ」と落ち付き払って答える。法学士の知らぬ間《ま》に心理学者の方《ほう》では幽霊を再興して居《い》るなと思うと幽霊も愈《いよ/\》馬鹿に出来なくなる。知らぬ事には口が出せぬ、知らぬは無能力である。幽霊に関しては法学士は文学士に盲従しなければならぬと思う。
 「遠い距離に於《おい》て、ある人の脳の細胞と、他《た》の人の細胞が感じて一種の化学的変化を起すと……」
 「僕は法学士だから、そんな事を聞いても分らん。要するにそう云う事は理論上あり得《う》るんだね」余《よ》の如き頭脳不透明なるものは理窟を承《うけたまわ》るより結論|丈《だけ》呑み込んで置く方《ほう》が簡便《かんべん》である。
 「あゝ、つまりそこへ帰着《きちゃく》するのさ。それに此《この》本にも例が沢山《たくさん》あるがね、其内《そのうち》でロード、ブローアムの見た幽霊|抔《など》は今の話しと丸で同じ場合に属するものだ。中々面白い。君ブローアムは知って居《い》るだろう」
 「ブローアム?ブローアムたなんだい」
 「英国《えいこく》の文学者さ」
 「道理で知らんと思った。僕は自慢じゃないが文学者の名なんかシェクスピヤとミルトンと其外《そのほか》に二三人しか知らんのだ」
 津田君はこんな人間と学問上の議論をするのは無駄だと思ったか「夫《それ》だから宇野《うの》の御嬢さんもよく注意し玉いと云う事さ」と話を元《もと》へ戻す。
 「うん注意させるよ。然《しか》し万一の事がありましたら屹度《きっと》御目に懸《かゝ》りに上《あが》りますなんて誓《ちかい》は立てないのだから其方《そのほう》は大丈夫だろう」と洒落《しゃれ》て見たが心の中《うち》は何《なん》となく不愉快であった。時計を出して見ると十一時に近い。是は大変。うちでは嘸《さぞ》婆さんが犬の遠吠《とおぼえ》を苦にして居《い》るだろうと思うと、一刻も早く帰りたくなる。「いずれ其内《そのうち》婆さんに近付《ちかづき》になりに行《ゆ》くよ」と云う津田君に「御馳走をするから是非来給え」と云いながら白山《はくさん》御殿町《ごてんまち》の下宿を出る。
 我《われ》からと惜気《おしげ》もなく咲いた彼岸桜に、愈《いよ/\》春が来たなと浮かれ出したのも僅《わず》か二三日《にさんち》の間である。今では桜自身さえ早待《はやま》ったと後悔して居《い》るだろう。生温《なまぬる》く帽を吹く風に、額際《ひたいぎわ》から※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]染《にじ》み出す膏《あぶら》と、粘《ねば》り着く砂埃《すなほこ》りとを一所《いっしょ》に拭《ぬぐ》い去った一昨日《おとゝい》の事を思うと、丸で去年の様《よう》な心持ちがする。それ程きのうから寒くなった。今夜は一層である。冴返《さえかえ》る抔《など》と云う時節でもないに馬鹿々々敷《ばか/\しい》と外套《がいとう》の襟《えり》を立てゝ盲唖学校《もうあがっこう》の前から植物園の横をだら/\と下《お》りた時、どこで撞《つ》く鐘だか夜の中に波を描いて、静かな空をうねりながら来る。十一時だなと思う。――時の鐘は誰が発明したものか知らん。今迄は気が付かなかったが注意して聴いて見ると妙な響《ひゞき》である。一つ音が粘《ねば》り強い餅を引き千切った様《よう》に幾つにも割れてくる。割れたから縁《えん》が絶えたかと思うと細くなって、次の音に繋《つな》がる。繋《つな》がって太くなったかと思うと、又筆の穂の様《よう》に自然と細くなる。――あの音はいやに伸びたり縮んだりするなと考えながら歩行《ある》くと、自分の心臓の鼓動も鐘の波のうねりと共に伸びたり縮んだりする様《よう》に感ぜられる。仕舞には鐘の音にわが呼吸を合せ度《たく》なる。今夜はどうしても法学士らしくないと、足早《あしばや》に交番の角《かど》を曲るとき、冷たい風に誘われてポツリと大粒の雨が顔にあたる。
 極楽水[#「極楽水」に傍点]はいやに陰気な所である。近頃は両側へ長家《ながや》が建ったので昔程淋しくはないが、その長家《ながや》が左右共|闃然《げきぜん》として空家《あきや》の様《よう》に見えるのは余り気持のいゝものではない。貧民に活動はつき物である。働いて居《お》らぬ貧民は、貧民たる本性《ほんせい》を遺失して生きたものとは認められぬ。余《よ》が通り抜ける極楽水《ごくらくみず》の貧民は打てども蘇《よ》み返《がえ》る景色《けしき》なき迄に静かである。――実際死んで居《い》るのだろう。ポツリ/\と雨は漸《ようや》く濃《こま》かになる。傘を持って来なかった、殊《こと》によると帰る迄にはずぶ濡《ぬれ》になる哩《わい》と舌打《したうち》をしながら空を仰《あお》ぐ。雨は闇の底から蕭々《しょう/\》と降る、容易に晴れそうもない。
 五六|間《けん》先に忽《たちま》ち白い者が見える。往来の真中《まんなか》に立ち留《とま》って、首を延《のば》して此《この》白い者をすかして居《い》るうちに、白い者は容赦《ようしゃ》もなく余《よ》の方《ほう》へ進んでくる。半分と立たぬ間《ま》に余《よ》の右側を掠《かす》める如く過ぎ去ったのを見ると――蜜柑箱《みかんばこ》の様《よう》なものに白い巾《きれ》をかけて、黒い着物をきた男が二人、棒を通して前後から担《かつ》いで行《ゆ》くのである。大方《おおかた》葬式か焼場《やきば》であろう。箱の中のは乳飲子《ちのみご》に違いない。黒い男は互《たがい》に言葉も交《まじ》えずに黙って此《この》棺桶《かんおけ》を担《かつ》いで行《ゆ》く。天下に夜中《やちゅう》棺桶《かんおけ》を担《にな》う程、当然の出来事はあるまいと、思い切った調子でコツ/\担《かつ》いで行《ゆ》く。闇に消える棺桶《かんおけ》を暫《しばら》くは物珍らし気《げ》に見送って振り返った時、又|行手《ゆくて》から人声《ひとごえ》が聞え出した。高い声でもない、低い声でもない、夜《よ》が更《ふ》けて居《い》るので存外反響が烈《はげ》しい。
 「昨日《きのう》生れて今日死ぬ奴もあるし」と一人が云うと「寿命《じゅみょう》だよ、全く寿命《じゅみょう》だから仕方がない」と一人が答える。二人の黒い影が又|余《よ》の傍《そば》を掠《かす》めて見る間《ま》に闇の中へもぐり込む。棺の後《あと》を追って足早《あしばや》に刻《きざ》む下駄の音のみが雨に響く。
 「昨日《きのう》生れて今日死ぬ奴もあるし」と余《よ》は胸の中《うち》で繰り返して見た。昨日《きのう》生れて今日死ぬ者さえあるなら、昨日《きのう》病気に罹《かゝ》らんでも充分死ぬ資格を具《そな》えて居《い》る。こうやって極楽水を四月三日の夜の十一時に上《のぼ》りつゝあるのは、ことによると死にに上《のぼ》ってるのかも知れない。――何《なん》だか上《のぼ》りたくない。暫《しば》らく坂の中途で立って見る。然《しか》し立って居《い》るのは、殊《こと》によると死にゝ立って居《い》るのかも知れない。――又|歩行《ある》き出す。死ぬと云う事が是程人の心を動かすとは今迄つい気が付かなんだ。気が付いて見ると立っても歩行《ある》いても心配になる、此《この》様子では家《うち》へ帰って蒲団《ふとん》の中へ這入っても矢張り心配になるかも知れぬ。何故《なぜ》今迄は平気で暮して居たのであろう。考えて見ると学校に居た時分は試験とベースボールで死ぬと云う事を考える暇《ひま》がなかった。卒業してからはペンとインキと夫《それ》から月給の足らないのと婆さんの苦情で矢張り死ぬと云う事を考える暇《ひま》がなかった。人間は死ぬ者だとは如何《いか》に呑気な余《よ》でも承知して居《お》ったに相違ないが、実際|余《よ》も死ぬものだと感じたのは今夜が生れて以来始めてゞある。夜と云う無暗《むやみ》に大きな黒い者が、歩行《ある》いても立っても上下四方から閉じ込めて居て、其中《そのなか》に余《よ》と云う形体を溶かし込まぬと承知せぬぞと逼《せま》る様《よう》に感ぜらるゝ。余《よ》は元来呑気な丈《だけ》に正直な所、功名心《こうみょうしん》には冷淡な男である。死ぬとしても別に思い置く事はない。別に思い置く事はないが死ぬのは非常に厭《いや》だ、どうしても死に度《たく》ない。死ぬのは是程いやな者かなと始めて覚《さと》った様《よう》に思う。雨は段々|密《みつ》になるので外套《がいとう》が水を含んで触《さわ》ると、濡れた海綿《かいめん》を圧《お》す様《よう》にじく/\する。
 竹早町《たけはやちょう》を横《よこぎ》って切支丹《きりしたん》坂へかゝる。何故《なぜ》切支丹坂と云うのか分らないが、此《この》坂も名前に劣らぬ怪しい坂である。坂の上へ来た時、ふと先達《せんだっ》てこゝを通って「日本一急な坂、命の欲しい者は用心じゃ/\」と書いた張札《はりふだ》が土手の横からはすに往来へ差し出て居《い》るのを滑稽《こっけい》だと笑った事を思い出す。今夜は笑う所ではない。命の欲しい者は用心じゃと云う文句が聖書にでもある格言の様《よう》に胸に浮ぶ。坂道は暗い。滅多に下《お》りると滑《すべ》って尻餅を搗《つ》く。剣呑《けんのん》だと八合目あたりから下を見て覘《ねらい》をつける。暗くて何もよく見えぬ。左の土手から古榎《ふるえのき》が無遠慮《ぶえんりょ》に枝を突き出して日の目の通《かよ》わぬ程に坂を蔽《おお》うて居《い》るから、昼でも此《この》坂を下《お》りる時は谷の底へ落ちると同様あまり善《い》い心持《こゝろもち》ではない。榎《えのき》は見えるかなと顔を上げて見ると、有ると思えばあり、無いと思えば無い程な黒い者に雨の注《そゝ》ぐ音が頻《しき》りにする。此《この》暗闇《まっくら》な坂を下《お》りて、細い谷道を伝って、茗荷谷《みょうがだに》を向《むこう》へ上《あが》って七八丁|行《ゆ》けば小日向台町《こびなただいまち》の余《よ》が家へ帰られるのだが、向《むこう》へ上がる迄がちと気味がわるい。
 茗荷谷《みょうがだに》の坂の中途に当《あた》る位な所に赤い鮮《あざや》かな火が見える。前から見えて居たのか顔をあげる途端に見えだしたのか判然しないが、兎に角雨を透《すか》してよく見える。或《あるい》は屋敷の門口《もんぐち》に立てゝある瓦斯燈《ガスとう》ではないかと思って見て居《い》ると、其《その》火がゆらり/\と盆灯籠《ぼんどうろう》の秋風に揺られる具合に動いた。――瓦斯燈《ガスとう》ではない。何《なん》だろうと見て居《い》ると今度は其《その》火が雨と闇の中を波の様《よう》に縫って上から下へ動いて来る。――是は提灯《ちょうちん》の火に相違ないと漸《ようや》く判断した時それが不意と消えて仕舞う。
 此《この》火を見た時、余《よ》ははっと露子《つゆこ》の事を思い出した。露子は余《よ》が未来の細君の名である。未来の細君と此《この》火とどんな関係があるかは心理学者の津田君にも説明は出来んかも知れぬ。然《しか》し心理学者の説明し得《う》るものでなくては思い出してならぬとも限るまい。此《この》赤い、鮮《あざや》かな、尾の消える縄に似た火は余《よ》をして慥《たし》かに余《よ》が未来の細君を咄嗟《とっさ》の際《さい》に思い出さしめたのである。――同時に火の消えた瞬間が露子の死を未練《みれん》もなく拈出《ねんしゅつ》した。額《ひたい》を撫でると膏汗《あぶらあせ》と雨でずる/\する。余《よ》は夢中であるく。
 坂を下《お》り切ると細い谷道で、其《その》谷道が尽きたと思うあたりから又向き直って西へ西へと爪上《つまあが》りに新しい谷道がつゞく。此辺《このへん》は所謂《いわゆる》山の手の赤土で、少しでも雨が降ると下駄の歯を吸い落す程に濘《ぬか》る。暗さは暗し、靴は踵《かゝと》を深く土に据《す》え付けて容易《たやす》くは動かぬ。曲りくねって無暗矢鱈《むやみやたら》に行《ゆ》くと枸杞垣《くこがき》とも覚《おぼ》しきものゝ鋭《する》どく折れ曲る角《かど》でぱたりと又赤い火に出喰《でく》わした。見ると巡査である。巡査は其《その》赤い火を焼く迄に余《よ》の頬に押し当てゝ「悪るいから御気を付けなさい」と言い棄てゝ擦れ違った。よく注意し給えと云った津田君の言葉と、悪いから御気をつけなさいと教えた巡査の言葉とは似て居《い》るなと思うと忽《たちま》ち胸が鉛《なまり》の様《よう》に重くなる。あの火だ、あの火だと余《よ》は息を切らして馳《か》け上《あが》る。
 どこをどう歩行《ある》いたとも知らず流星の如く吾家《わがや》へ飛び込んだのは十二時近くであろう。三分心《さんぶしん》の薄暗いランプを片手に奥から駆け出して来た婆さんが頓狂《とんきょう》な声を張り上げて「旦那様!どうなさいました」と云う。見ると婆さんは蒼《あお》い顔をして居《い》る。
 「婆さん!どうかしたか」と余《よ》も大きな声を出す。婆さんも余《よ》から何か聞くのが怖《おそろ》しく、余《よ》は婆さんから何か聞くのが怖しいので御互《たがい》にどうかしたかと問い掛けながら、其《その》返答は両方とも云わずに双方とも暫時《ざんじ》睨《にら》み合って居《い》る。
 「水が――水が垂れます」是は婆さんの注意である。成程充分に雨を含んだ外套《がいとう》の裾《すそ》と、中折帽《なかおれぼう》の庇《ひさし》から用捨《ようしゃ》なく冷たい点滴が畳の上へ垂れる。折目《おれめ》をつまんで抛《ほう》り出すと、婆さんの膝の傍《そば》に白繻子《しろじゅす》の裏を天井へ向けて帽が転《ころ》がる。灰色のチェスターフィールドを脱いで、一振《ひとふ》り振って投げた時はいつもより余程重く感じた。日本服に着換えて、身顫《みぶる》いをして漸《ようや》くわれに帰った頃を見計《みはから》って婆さんは又「どうなさいました」と尋ねる。今度は先方も少しは落付《おちつ》いて居《い》る。
 「どうするって、別段どうもせんさ。只雨に濡れた丈《だけ》の事さ」と可成《なるべく》弱身《よわみ》を見せまいとする。
 「いえあの御顔色は只の御色では御座いません」と伝通院《でんづういん》の坊主を信仰する丈《だけ》あって、うまく人相を見る。
 「御前《おまえ》の方《ほう》がどうかしたんだろう。先《さ》ッきは少し歯の根が合わない様《よう》だったぜ」
 「私《わたくし》は何《なん》と旦那様から冷《ひや》かされても構いません。――然《しか》し旦那様|雑談事《じょうだんごと》じゃ御座いませんよ」
 「え?」と思わず心臓が縮みあがる。「どうした。留守中何かあったのか。四谷《よつや》から病人の事でも何《なん》か云って来たのか」
 「それ御覧遊ばせ、そんなに御嬢様の事を心配して居らっしゃる癖に」
 「何《なん》と云って来た。手紙が来たのか、使《つかい》が来たのか」
 「手紙も使《つかい》も参りは致しません」
 「それじゃ電報か」
 「電報なんて参りは致しません」
 「それじゃ、どうした――早く聞かせろ」
 「今夜は鳴き方が違いますよ」
 「何が?」
 「何がって、あなた、どうも宵《よい》から心配で堪《たま》りませんでした。どうしても只事《たゞごと》じゃ御座いません」
 「何がさ。夫《それ》だから早く聞かせろと云ってるじゃないか」
 「先達中《せんだってじゅう》から申し上げた犬で御座います」
 「犬?」
 「えゝ、遠吠《とおぼえ》で御座います。私《わたくし》が申し上げた通りに遊ばせば、こんな事には成らないで済んだんで御座いますのに、あなたが婆さんの迷信だなんて、余《あん》まり人を馬鹿に遊ばすものですから……」
 「こんな事にもあんな事にも、まだ何《なん》にも起らないじゃないか」
 「いえ、そうでは御座いません、旦那様も御帰り遊ばす途中御嬢様の御病気の事を考えて居《い》らしったに相違御座いません」と婆さんずばと図星を刺す。寒い刄《は》が闇に閃《ひら》めいてひやりと胸打《むねうち》を喰わせられた様《よう》な心持《こゝろもち》がする。
 「それは心配して来たに相違ないさ」
 「それ御覧遊ばせ、矢っ張り虫が知らせるので御座います」
 「婆さん虫が知らせるなんて事が本当にあるものかな、御前《おまえ》そんな経験をした事があるのかい」
 「有る段じゃ御座いません。昔しから人が烏《からす》鳴きが悪いとか何《なん》とか善《よ》く申すじゃ御座いませんか」
 「成程|烏《からす》鳴きは聞いた様《よう》だが、犬の遠吠《とおぼえ》は御前《おまえ》一人の様《よう》だが――」
 「いゝえ、あなた」と婆さんは大《だい》軽蔑の口調《くちょう》で余《よ》の疑《うたがい》を否定する。「同じ事で御座いますよ。婆《ばあ》や抔《など》は遠吠《とおぼえ》でよく分ります。論より証拠是は何《なに》かあるなと思うと外《はず》れた事が御座いませんもの」
 「そうかい」
 「年寄の云う事は馬鹿に出来ません」
 「そりゃ無論馬鹿には出来んさ。馬鹿に出来んのは僕もよく知って居《い》るさ。だから何も御前《おまえ》を――然《しか》し遠吠《とおぼえ》がそんなに、よく当るものかな」
 「まだ婆《ばあ》やの申す事を疑《うたぐ》って入《い》らっしゃる。何《なん》でも宜《よろ》しゅう御座いますから明朝《みょうあさ》四谷《よつや》へ行って御覧遊ばせ、屹度《きっと》何か御座いますよ、婆《ばあ》やが受合《うけあ》いますから」
 「屹度《きっと》何か有っちゃ厭《いや》だな。どうか工夫はあるまいか」
 「夫《それ》だから早く御越し遊ばせと申し上げるのに、あなたが余り剛情《ごうじょう》を御張り遊ばすものだから――」
 「是から剛情《ごうじょう》はやめるよ。――兎も角あした早く四谷《よつや》へ行って見る事に仕様。今夜是から行っても好《い》いが……」
 「今夜|入《い》らしっちゃ、婆《ばあ》やは御留守居は出来ません」
 「なぜ?」
 「なぜって、気味《きび》が悪くって居ても起《た》っても居られませんもの」
 「それでも御前《おまえ》が四谷《よつや》の事を心配して居《い》るんじゃないか」
 「心配は致して居《お》りますが、私《わたくし》だって怖《おそろ》しゅう御座いますから」
 折《おり》から軒《のき》を遶《めぐ》る雨の響《ひゞき》に和して、いずくよりともなく何物か地を這うて唸《うな》り廻る様《よう》な声が聞える。
 「あゝ、あれで御座います」と婆さんが瞳を据《す》え小声で云う。成程陰気な声である。今夜はこゝへ寝る事にきめる。
 余《よ》は例の如く蒲団《ふとん》の中へもぐり込んだが此《この》唸《うな》り声が気になって瞼《まぶた》さえ合わせる事が出来ない。
 普通犬の鳴き声というものは、後《あと》も先も鉈刀《なた》で打《ぶ》ち切った薪《まき》雑木《ざっぽう》を長く継《つ》いだ直線的の声である。今聞く唸《うな》り声はそんなに簡単な無造作《むぞうさ》の者ではない。声の幅に絶えざる変化があって、曲《まが》りが見えて、丸みを帯びて居《い》る。蝋燭《ろうそく》の灯《ひ》の細きより始まって次第に福《ふく》やかに広がって又油の尽きた燈心の花と漸次《ぜんじ》に消えて行《ゆ》く。どこで吠えるか分らぬ。百里の遠き外《ほか》から、吹く風に乗せられて微《かす》かに響くと思う間《ま》に、近づけば軒端《のきば》を洩れて、枕に塞《ふさ》ぐ耳にも薄《せま》る。ウヽヽヽと云う音が丸い段落をいくつも連《つら》ねて家の周囲を二三度|繞《めぐ》ると、いつしか其《その》音がワヽヽヽに変化する拍子《ひょうし》、疾《と》き風に吹き除《の》けられて遙か向うに尻尾《しっぽ》はンンンと化して闇の世界に入《い》る。陽気な声を無理に圧迫して陰鬱にしたのが此《この》遠吠《とおぼえ》である。躁狂《そうきょう》な響《ひゞき》を権柄《けんぺい》ずくで沈痛《ちんつう》ならしめて居《い》るのが此《この》遠吠《とおぼえ》である。自由でない。圧制されて已《やむ》を得ずに出す声である処が本来の陰鬱、天然《てんねん》の沈痛《ちんつう》よりも一層|厭《いや》である、聞き苦しい。余《よ》は夜着《よぎ》の中に耳の根迄隠した。夜着《よぎ》の中でも聞える、而《しか》も耳を出して居《い》るより一層聞き苦しい。又顔を出す。
 暫《しば》らくすると遠吠《とおぼえ》がはたと已《や》む。此《この》夜半《やはん》の世界から犬の遠吠《とおぼえ》を引き去ると動いて居《い》るものは一つもない。吾家《わがや》が海の底へ沈んだと思う位静かになる。静まらぬは吾《わが》心のみである。吾《わが》心のみは此《この》静かな中から何事かを予期しつゝある。去れでも其《その》何事なるかは寸分の観念だにない。性《しょう》の知れぬ者が此《この》闇の世から一寸《ちょっと》顔を出しはせまいかという掛念《けねん》が猛烈に神経を鼓舞《こぶ》するのみである。今出るか、今出るかと考えて居《い》る。髪の毛の間へ五本の指を差し込んで無茶苦茶に掻いて見る。一週間程湯に入って頭を洗わんので指の股が油でニチャ/\する。此《この》静かな世界が変化したら――どうも変化しそうだ。今夜のうち、夜《よ》の明けぬうち何かあるに相違ない。此《この》一秒も待って過《すご》す。此《この》一秒も亦待ちつゝ暮らす。何を待って居《い》るかと云われては困る。何を待って居《い》るか自分に分らんから一層の苦痛である。頭から抜き取った手を顔の前に出して無意味に眺める。爪の裏が垢《あか》で薄黒く三日月|形《がた》に見える。同時に胃嚢《いぶくろ》が運動を停止して、雨に逢った鹿皮《しかがわ》を天日《てんぴ》で乾し堅《かた》めた様《よう》に腹の中が窮屈になる。犬が吠えれば善《よ》いと思う。吠えて居《い》るうちは厭《いや》でも、厭《いや》な度合《どあい》が分る。こう静かになっては、どんな厭《いや》な事が背後に起りつゝあるのか、知らぬ間《ま》に醸《かも》されつゝあるか見当がつかぬ。遠吠《とおぼえ》なら我慢する。どうか吠えて呉れゝばいゝと寝返りを打って仰向《あおむ》けになる。天井に丸くランプの影が幽《かす》かに写る。見ると其《そ》の丸い影が動いて居《い》る様《よう》だ。愈《いよ/\》不思議になって来たと思うと、蒲団《ふとん》の上で脊髄《せきずい》が急にぐにゃりとする。只眼|丈《だ》けを見張って、慥《たし》かに動いて居《お》るか、居《お》らぬかを確《たしか》める。――確かに動いて居《い》る。平常《ふだん》から動いて居《い》るのだが気が付かずに今日迄|過《すご》したのか、又は今夜に限って動くのかしらん。――もし今夜|丈《だけ》動くのなら、只事《たゞごと》ではない。然《しか》し或《あるい》は腹工合《はらぐあい》のせいかも知れまい。今日会社の帰りに池《いけ》の端《はた》の西洋料理屋で海老《えび》のフライを食ったが、ことによるとあれが祟《たゝ》って居《い》るかもしれん。詰《つま》らん物を食って、銭《ぜに》をとられて馬鹿々々しい廃《よ》せばよかった。何しろこんな時は気を落ち付けて寐《ね》るのが肝心だと堅く目を閉じて見る。すると虹霓《にじ》を粉《こ》にして振り蒔《ま》く様《よう》に、眼の前が五|色《しき》の斑点でちら/\する。是は駄目だと眼を開《あ》くと又ランプの影が気になる。仕方がないから又|横向《よこむき》になって大《たい》病人の如く、凝《じっ》として夜《よ》の明けるのを待とうと決心した。
 横を向いて不図《ふと》目に入《い》ったのは、襖《ふすま》の陰《かげ》に婆さんが叮嚀《ていねい》に畳んで置いた秩父《ちゝぶ》銘仙《めいせん》の不断着《ふだんぎ》である。此前《このまえ》四谷《よつや》に行って露子の枕元で例の通り他愛《たわい》もない話をして居《お》った時、病人が袖口の綻《ほころ》びから綿が出懸《でかゝ》って居《い》るのを気にして、よせと云うのを無理に蒲団《ふとん》の上へ起き直《なお》って縫ってくれた事をすぐ聯想《れんそう》する。あの時は顔色が少し悪い許《ばか》りで笑い声さえ常とは変らなかったのに――当人ももう大分《だいぶ》好《よ》くなったから明日《あした》あたりから床《とこ》を上げましょうとさえ言ったのに――今、眼の前に露子の姿を浮べて見ると――浮べて見るのではない、自然に浮んで来るのだが――頭へ氷嚢《ひょうのう》を載《の》せて、長い髪を半分濡らして、うん/\呻《うめ》きながら、枕の上へのり出してくる。――愈《いよ/\》肺炎かしらと思う。然《しか》し肺炎にでもなったら何《なん》とか知らせが来る筈《はず》だ。使《つかい》も手紙も来ない所を以《もっ》て見ると矢っ張り病気は全快したに相違ない、大丈夫だ、と断定して眠ろうとする。合わす瞳の底に露子の青白い肉の落ちた頬と、窪《くぼ》んで硝子張《ガラスばり》の様《よう》に凄い眼があり/\と写る。どうも病気は癒《なお》って居《お》らぬらしい。しらせは未《ま》だ来《こ》ぬが、来《こ》ぬと云う事が安心にはならん。今に来るかも知れん、どうせ来るなら早く来れば好《よ》い、来ないか知らんと寝返りを打つ。寒いとは云え四月と云う時節に、厚夜着《あつよぎ》を二枚も重ねて掛けて居《い》るから、只でさえ寝苦しい程暑い訳であるが、手足と胸の中《うち》は全く血の通《かよ》わぬ様《よう》に重く冷たい。手で身のうちを撫でゝ見ると膏《あぶら》と汗で湿《しめ》って居《い》る。皮膚の上に冷たい指が触《さわ》るのが、青大将にでも這われる様《よう》に厭《いや》な気持である。ことによると今夜のうちに使《つかい》でも来るかも知れん。
 突然何者か表の雨戸を破《わ》れる程叩く。そら来たと心臓が飛び上《あが》って肋《あばら》の四枚目を蹴《け》る。何か云う様《よう》だが叩く音と共に耳を襲《おそ》うので、よく聞き取れぬ。「婆さん、何か来たぜ」と云う声の下から「旦那様、何か参りました」と答える。余《よ》と婆さんは同時に表口へ出て雨戸を開ける。――巡査が赤い火を持って立って居《い》る。
 「今しがた何かありはしませんか」と巡査は不審な顔をして、挨拶《あいさつ》もせぬ先から突然尋ねる。余《よ》と婆さんは云い合した様《よう》に顔を見合せる。両方共|何《なん》とも答《こたえ》をしない。
 「実《じつ》は今こゝを巡行《じゅんこう》するとね、何《なん》だか黒い影が御門《ごもん》から出て行《ゆ》きましたから……」
 婆さんの顔は土の様《よう》である。何か云おうとするが息がはずんで云えない。巡査は余《よ》の方《ほう》を見て返答を促《うな》がす。余《よ》は化石の如く茫然《ぼうぜん》と立って居《い》る。
 「いや是は夜中《やちゅう》甚《はなは》だ失礼で……実《じつ》は近頃|此《この》界隈《かいわい》が非常に物騒《ぶっそう》なので、警察でも非常に厳重に警戒をしますので――丁度|御門《ごもん》が開《あ》いて居《お》って、何か出て行った様《よう》な按排《あんばい》でしたから、もしやと思って一寸《ちょっと》御注意をしたのですが……」
 余《よ》は漸《ようや》くほっと息をつく。咽喉《のど》に痞《つか》えて居《い》る鉛《なまり》の丸《たま》が下《お》りた様《よう》な気持ちがする。
 「是は御親切に、どうも、――いえ別に何も盗難に罹《かゝ》った覚《おぼえ》はない様《よう》です」
 「それなら宜《よろ》しゅう御座います。毎晩犬が吠えて御八釜敷《おやかましい》でしょう。どう云うものか賊が此辺《このへん》ばかり徘徊《はいかい》しますんで」
 「どうも御苦労様」と景気よく答えたのは遠吠《とおぼえ》が泥棒の為めであるとも解釈が出来るからである。巡査は帰る。余《よ》は夜《よ》が明け次第|四谷《よつや》に行《ゆ》く積《つも》りで、六時が鳴る迄まんじりともせず待ち明《あか》した。
 雨は漸《ようや》く上《あが》ったが道は非常に悪い。足駄《あしだ》をと云うと歯入屋《はいれや》へ持って行ったぎり、つい取ってくるのを忘れたと云う。靴は昨夜《ゆうべ》の雨で到底|穿《は》けそうにない。構うものかと薩摩《さつま》下駄を引掛《ひっか》けて全速力で四谷《よつや》坂町《さかまち》迄|馳《か》けつける。門は開《あ》いて居《い》るが玄関はまだ戸閉《とじま》りがしてある。書生はまだ起きんのかしらと勝手口へ廻る。清《きよ》と云う下総《しもふさ》生れの頬《ほっ》ペタの赤い下女が俎《まないた》で糠味噌《ぬかみそ》から出し立ての細根大根《ほそねだいこん》を切って居《い》る。「御早よう、何はどうだ」と聞くと驚いた顔をして、襷《たすき》を半分|外《はず》しながら「へえ」と云う。へえでは埒《らち》があかん。構わず飛び上《あが》って、茶の間へつか/\這入り込む。見ると御母《おっか》さんが、今起き立《たて》の顔をして叮嚀《ていねい》に如鱗木《じょりんもく》の長火鉢《ながひばち》を拭いて居《い》る。
 「あら靖雄《やすお》さん!」と布巾《ふきん》を持った儘《まゝ》あっけに取られたと云う風《ふう》をする。あら靖雄さん[#「あら靖雄さん」に傍点]でも埒《らち》があかん。
 「どうです、余程悪いですか」と口早《くちばや》に聞く。
 犬の遠吠《とおぼえ》が泥棒のせいと極《き》まる位なら、ことによると病気も癒《なお》って居《い》るかも知れない。癒《なお》って居てくれゝば宜《よ》いがと御母《おっか》さんの顔を見て息を呑み込む。
 「えゝ悪いでしょう、昨日《きのう》は大変降りましたからね。嘸《さぞ》御困りでしたらう」是では少々見当が違う。御母《おっか》さんの様子を見ると何《なん》だか驚いて居《い》る様《よう》だが、別に心配そうにも見えない。余《よ》は何《なん》となく落ち付いて来る。
 「中々悪い道です」とハンケチを出して汗を拭いたが、矢張り気掛りだから「あの露子さんは――」と聞いて見た。
 「今顔を洗って居ます、昨夜《ゆうべ》中央会堂の慈善音楽会とかに行って遅く帰ったものですから、つい寝坊をしましてね」
 「インフルエンザは?」
 「えゝ難有《ありがと》う、もう薩張《さっぱ》り……」
 「何《なん》ともないんですか」
 「えゝ風邪《かぜ》はとっくに癒《なお》りました」
 寒からぬ春風に、濛々《もう/\》たる小雨《こさめ》の吹き払われて蒼空《あおぞら》の底迄見える心地である。日本一の御機嫌にて候《そろ》と云う文句がどこかに書いてあった様《よう》だが、こんな気分を云うのではないかと、昨夕《ゆうべ》の気味の悪かったのに引き換えて今の胸の中《うち》が一層|朗《ほがら》かになる。なぜあんな事を苦にしたろう、自分ながら愚《ぐ》の至りだと悟って見ると、何《なん》だか馬鹿々々しい。馬鹿々々しいと思うにつけて、たとい親しい間柄とは云え、用《よう》もないのに早朝から人の家《うち》へ飛び込んだのが手持無沙汰に感ぜらるゝ。
 「どうして、こんなに早く、――何か用事でも出来たんですか」と御母《おっか》さんが真面目に聞く。どう答えて宜《よ》いか分らん。嘘をつくと云ったって、そう咄嗟《とっさ》の際《さい》に嘘がうまく出るものではない。余《よ》は仕方がないから「えゝ」と云った。
 「えゝ」と云った後《あと》で、廃《よ》せば善《よ》かった、――一思いに正直な所を白状して仕舞えば善《よ》かったと、すぐ気が付いたが、「えゝ」の出たあとはもう仕方がない。「えゝ」を引き込める訳に行かなければ「えゝ」を活《い》かさなければならん。「えゝ」とは単簡《たんかん》な二|文字《もんじ》であるが滅多に使うものでない、之《これ》を活《い》かすには余程骨が折れる。
 「何か急な御用なんですか」と御母《おっか》さんは詰め寄せる。別段の名案も浮ばないから又「えゝ」と答えて置いて、「露子さん/\」と風呂場の方《ほう》を向いて大きな声で怒鳴《どな》って見た。
 「あら、どなたかと思ったら、御早いのねえ――どうなすったの、何か御用なの?」露子は人の気も知らずに又同じ質問で苦しめる。
 「あゝ何か急に御用が御出来なすったんだって」と御母《おっか》さんは露子に代理の返事をする。
 「そう、何《なん》の御用なの」と露子は無邪気に聞く。
 「えゝ、少し其《その》、用《よう》があって近所迄来たのですから」と漸《ようや》く一方に活路を開《ひら》く。随分苦しい開《ひら》き方《かた》だと肚《はら》の中で考える。
 「それでは、私に御用じゃないの」と御母《おっか》さんは少々不審な顔付《かおつき》である。
 「えゝ」
 「もう用《よう》を済まして入《い》らしったの、随分早いのね」と露子は大《おおい》に感嘆する。
 「いえ、まだ是から行くんです」とあまり感嘆されても困るから、一寸《ちょっと》謙遜《けんそん》して見たが、どっちにしても別に変りはないと思うと、自分で自分の言って居《い》る事が如何《いか》にも馬鹿らしく聞える。こんな時は可成《なるべく》早く帰る方《ほう》が得策だ、長座《ながざ》をすればする程失敗する許《ばか》りだと、そろ/\、尻を立てかけると
 「あなた、顔の色が大変悪い様《よう》ですがどうかなさりゃしませんか」と御母《おっか》さんが逆捩《さかねじ》を喰わせる。
 「髪を御刈りになると好《い》いのね、あんまり髭《ひげ》が生えて居《い》るから病人らしいのよ。あら頭にはねが上《あが》ってゝよ。大変乱暴に御歩行《おある》きなすったのね」
 「日和下駄《ひよりげた》ですもの、余程|上《あが》ったでしょう」と脊中《せなか》を向いて見せる。御母《おっか》さんと露子は同時に「おやまあ!」と申し合せた様《よう》な驚き方《かた》をする。
 羽織を干して貰って、足駄《あしだ》を借りて奥に寝て居《い》る御父《おと》っさんには挨拶《あいさつ》もしないで門を出る。うらゝかな上天気で、しかも日曜である。少々ばつは悪かった様《よう》なものゝ昨夜《ゆうべ》の心配は紅炉上《こうろじょう》の雪と消えて、余《よ》が前途には柳、桜の春が簇《むら》がるばかり嬉しい。神楽坂《かぐらざか》迄来て床屋へ這入る。未来の細君の歓心を得んが為だと云われても構わない。実際|余《よ》は何事によらず露子の好《す》く様《よう》にしたいと思って居《い》る。
 「旦那|髯《ひげ》は残しましょうか」と白服を着た職人が聞く。髯《ひげ》を剃るといゝと露子が云ったのだが全体の髯《ひげ》の事か顋髯《あごひげ》丈《だけ》かわからない。まあ鼻の下|丈《だけ》は残す事にしようと一人で極《き》める。職人が残しましょうかと念を押す位だから、残したって余り目立つ程のものでもないには極《きま》って居《い》る。
 「源《げん》さん、世の中にゃ随分馬鹿な奴が居《い》るもんだねえ」と余《よ》の顋《あご》をつまんで髪剃《かみそり》を逆に持ちながら一寸《ちょっと》火鉢の方《ほう》を見る。
 源さんは火鉢の傍《そば》に陣取って将棊盤《しょうぎばん》の上で金銀二枚をしきりにパチつかせて居たが「本当にさ、幽霊だの亡者《もうじゃ》だのって、そりゃ御前《おまえ》、昔しの事だあな。電気燈のつく今日《こんにち》そんな篦棒《べらぼう》な話しがある訳がねえからな」と王様の肩へ飛車《ひしゃ》を載《の》せて見る。「おい由公《よしこう》御前《おめえ》こうやって駒を十枚積んで見ねえか、積めたら安宅鮓《あたかずし》を十銭|奢《おご》ってやるぜ」
 一本歯の高足駄《たかあしだ》を穿《は》いた下剃《したぞり》の小僧が「鮓《すし》じゃいやだ、幽霊を見せてくれたら、積んで見せらあ」と洗濯したてのタウエルを畳みながら笑って居《い》る。
 「幽霊も由公に迄馬鹿にされる位だから幅が利《き》かない訳さね」と余《よ》の揉《も》み上げを米噛《こめか》みのあたりからぞきりと切り落す。
 「あんまり短かゝあないか」
 「近頃はみんな此《この》位です。揉《も》み上げの長いのはにやけ[#「にやけ」に傍点]てゝ可笑《おか》しいもんです。――なあに、みんな神経さ。自分の心に恐いと思うから自然幽霊だって増長して出度《でたく》ならあね」と刄《は》についた毛を人さし指と拇指《おやゆび》で拭《ぬぐ》いながら源さんに話しかける。
 「全く神経だ」と源さんが山桜の烟《けむり》を口から吹き出しながら賛成する。
 「神経って者は源さんどこにあるんだろう」と由公はランプのホヤを拭きながら真面目に質問する。
 「神経か、神経は御めえ方々《ほう/″\》にあらあな」と源さんの答弁は少々|漠然《ばくぜん》として居《い》る。
 白暖簾《しろのれん》の懸《かゝ》った座敷の入口に腰を掛けて、先《さ》っきから手垢《てあか》のついた薄っぺらな本を見て居た松さんが急に大きな声を出して面白い事がかいてあらあ、よっぽど面白いと一人で笑い出す。
 「何《なん》だい小説か、食道楽《くいどうらく》じゃねえか」と源さんが聞くと松さんはそうよそうかも知れねえと上表紙《うわびょうし》を見る。標題には浮世心理講義録|有耶無耶道人《うやむやどうじん》著とかいてある。
 「何《なん》だか長い名だ、とにかく食道楽じゃねえ。鎌《かま》さん一体是や何《なん》の本だい」と余《よ》の耳に髪剃《かみそり》を入れてぐる/\廻転させて居《い》る職人に聞く。
 「何《なん》だか、訳の分らない様《よう》な、とぼけた事が書いてある本だがね」
 「一人で笑って居《い》ねえで少し読んで聞かせねえ」と源さんは松さんに請求する。松さんは大きな声で一|節《せつ》を読み上《あげ》る。
 「狸《たぬき》が人を婆化《ばか》すと云いやすけれど、何《なん》で狸《たぬき》が婆化《ばか》しやしょう。ありゃみんな催眠術でげす……」
 「成程|妙《みょう》な本だね」と源さんは烟《けむ》に捲かれて居《い》る。
 「拙《せつ》が一|返《ぺん》古榎《ふるえのき》になった事がありやす、所へ源兵衞村の作藏《さくぞう》と云う若い衆《しゅ》が首を縊《くゝ》りに来やした……」
 「何《なん》だい狸《たぬき》が何か云ってるのか」
 「どうもそうらしいね」
 「それじゃ狸《たぬき》のこせえた本じゃねえか――人を馬鹿にしやがる――夫《それ》から?」
 「拙《せつ》が腕をニューと出して居《い》る所へ古褌《ふるふんどし》を懸けやした――随分臭うげしたよ――……」
 「狸《たぬき》の癖にいやに贅沢《ぜいたく》を云うぜ」
 「肥桶《こいたご》を台にしてぶらり下《さ》がる途端|拙《せつ》はわざと腕をぐにゃりと卸《お》ろしてやりやしたので作藏君は首を縊《くゝ》り損《そくな》ってまご/\して居《お》りやす。こゝだと思いやしたから急に榎《えのき》の姿を隠してアハヽヽヽと源兵衞村中へ響く程な大きな声で笑ってやりやした。すると作藏君は余程|仰天《ぎょうてん》したと見えやして助けて呉れ、助けて呉れと褌《ふんどし》を置去《おきざ》りにして一生懸命に逃げ出しやした……」
 「こいつぁ旨《うめ》え、然《しか》し狸《たぬき》が作藏の褌《ふんどし》をとって何《なん》にするだろう」
 「大方《おおかた》睾丸《きんたま》でもつゝむ気だろう」
 アハヽヽヽと皆《みんな》一度に笑う。余《よ》も吹き出しそうになったので職人は一寸《ちょっと》髪剃《かみそり》を顔からはずす。
 「面白《おもしれ》え、あとを読みねえ」と源さんは大《おおい》に乗気《のりき》になる。
 「俗人は拙《せつ》が作藏を婆化《ばか》した様《よう》に云う奴でげすが、そりゃちと無理でげしょう。作藏君は婆化《ばか》され様《よう》、婆化《ばか》され様《よう》として源兵衞村をのそ/\して居《い》るのでげす。その婆化《ばか》され様《よう》と云う作藏君の御注文に応じて拙《せつ》が一寸《ちょっと》婆化《ばか》して上げた迄の事でげす。すべて狸《たぬき》一派のやり口は今日《こんにち》開業医の用いて居《お》りやす催眠術でげして、昔から此《この》手で大分《だいぶ》大方《たいほう》の諸君子を胡魔化《ごまか》したものでげす。西洋の狸《たぬき》から直伝《じきでん》に輸入致した術を催眠法とか唱《とな》え、之《これ》を応用する連中《れんじゅう》を先生|抔《など》と崇《あが》めるのは全く西洋心酔の結果で拙《せつ》抔《など》はひそかに慨嘆《がいたん》の至《いたり》に堪《た》えん位のものでげす。何も日本固有の奇術が現に伝《つたわ》って居《い》るのに、一も西洋二も西洋と騒がんでもの事でげしょう。今の日本人はちと狸《たぬき》を軽蔑し過ぎる様《よう》に思われやすから一寸《ちょっと》全国の狸《たぬき》共に代《かわ》って拙《せつ》から諸君に反省を希望して置きやしょう」
 「いやに理窟を云う狸《たぬき》だぜ」と源さんが云うと、松さんは本を伏せて「全く狸《たぬき》の言う通《とおり》だよ、昔だって今だって、こっちがしっかりして居《い》りゃ婆化《ばか》されるなんて事はねえんだからな」と頻《しき》りに狸《たぬき》の議論を弁護して居《い》る。して見ると昨夜《ゆうべ》は全く狸《たぬき》に致された訳かなと、一人で愛想《あいそ》をつかし乍《なが》ら床屋を出る。
 台町《だいまち》の吾家《わがや》に着いたのは十時頃であったろう。門前に黒塗《くろぬり》の車が待って居て、狭い格子《こうし》の隙《すき》から女の笑い声が洩れる。ベルを鳴らして沓脱《くつぬぎ》に這入る途端「屹度《きっと》帰って入《い》らっしゃったんだよ」と云う声がして障子《しょうじ》がすうと明くと、露子が温かい春の様《よう》な顔をして余《よ》を迎える。
 「あなた来て居たのですか」
 「えゝ、御帰りになってから、考えたら何《なん》だか様子が変だったから、すぐ車で来て見たの、そうして、昨夕《ゆうべ》のの事を、みんな婆《ばあ》やから聞いてよ」
 と婆さんを見て笑い崩れる。婆さんも嬉しそうに笑う。露子の銀の様《よう》な笑い声と、婆さんの真鍮《しんちゅう》の様《よう》な笑い声と、余《よ》の銅の様《よう》な笑い声が調和して天下の春を七円五十銭の借家《しゃくや》に集めた程陽気である。如何《いか》に源兵衞村の狸《たぬき》でも此《この》位大きな声は出せまいと思う位である。
 気のせいか其後《そのご》露子は以前よりも一層|余《よ》を愛する様《よう》な素振《そぶり》に見えた。津田君に逢った時、当夜《とうや》の景況《けいきょう》を残りなく話したら夫《それ》はいゝ材料だ僕の著書中に入れさせて呉れろと云った。文学士津田|真方《まかた》著幽霊論の七二頁にK君の例として載って居《い》るのは余《よ》の事である。

      八

 垣巡《かきめぐ》りと云う運動を説明した時に、主人の庭を結《ゆ》い繞《めぐ》らしてある竹垣の事を一寸《ちょっと》述べた積りであるが、此《この》竹垣の外《そと》がすぐ隣家《りんか》、即《すなわ》ち南隣の次郎《じろ》ちゃんとこと思っては誤解である。家賃は安いがそこは苦沙彌先生である。与《よ》っちゃんや次郎ちゃん抔《など》と号する、所謂《いわゆる》ちゃん付きの連中《れんじゅう》と、薄《うす》っ片《ぺら》な垣|一重《ひとえ》を隔《へだ》てゝ御隣り同志の親密なる交際は結んで居《お》らぬ。此《この》垣の外《そと》は五六|間《けん》の空地《あきち》であって、其《その》尽くる所に檜《ひのき》が蓊然《こんもり》と五六本|併《なら》んで居《い》る。椽側《えんがわ》から拝見すると、向うは茂った森で、こゝに住む先生は野中の一軒家に、無名の猫を友にして日月《じつげつ》を送る江湖《こうこ》の処士《しょし》であるかの如き感がある。但《たゞ》し檜《ひのき》の枝は吹聴《ふいちょう》する如く密生して居《お》らんので、其《その》間から群鶴館《ぐんかくかん》という、名前|丈《だけ》立派な安下宿の安屋根が遠慮なく見えるから、しかく先生を想像するのには余程骨の折れるのは無論である。然《しか》し此《この》下宿が群鶴館なら先生の居《きょ》は慥《たし》かに臥龍窟《がりょうくつ》位な価値はある。名前に税はかゝらんから御互《おたがい》にえらそうな奴を勝手次第に付ける事として、此《この》幅五六|間《けん》の空地《あきち》が竹垣を添《そ》うて東西に走る事約十|間《けん》、夫《それ》から、忽《たちま》ち鉤《かぎ》の手に屈曲して、臥龍窟の北面《ほくめん》を取り囲んで居《い》る。此《この》北面《ほくめん》が騒動の種である。本来なら空地《あきち》を行《ゆ》き尽《つく》して又あき地、とか何《なん》とか威張ってもいゝ位に家の二側《ふたかわ》を包んで居《い》るのだが、臥龍窟の主人は無論|窟内《くつない》の霊猫《れいびょう》たる吾輩すら此《この》あき地には手こずって居《い》る。南側に檜《ひのき》が幅を利《き》かして居《い》るごとく、北側には桐《きり》の木が七八本行列して居《い》る。もう周囲一尺位にのびて居《い》るから下駄屋さえ連れてくればいゝ価《ね》になるんだが、借家《しゃくや》の悲しさには、いくら気が付いても実行は出来ん。主人に対しても気の毒である。先達《せんだっ》て学校の小使《こづかい》が来て枝を一本切って行ったが、其《その》つぎに来た時は新らしい桐《きり》の俎《まないた》下駄を穿《は》いて、此間《このあいだ》の枝でこしらえましたと、聞きもせんのに吹聴《ふいちょう》して居た。ずるい奴だ。桐《きり》はあるが吾輩及び主人家族にとっては一文にもならない桐《きり》である。玉を抱《いだ》いて罪ありと云う古語があるそうだが、是は桐《きり》を生《は》やして銭《ぜに》なしと云っても然《しか》るべきもので、所謂《いわゆる》宝の持ち腐れである。愚《ぐ》なるものは主人にあらず、吾輩にあらず、家主《やぬし》の傳兵衞《でんべえ》である。居ないかな、居ないかな、下駄屋は居ないかなと桐《きり》の方《ほう》で催促して居《い》るのに知らん面《かお》をして屋賃《やちん》許《ばか》り取り立てにくる。吾輩は別に傳兵衞《でんべえ》に恨《うらみ》もないから彼の悪口《あっこう》を此《この》位にして、本題に戻って此《この》空地《あきち》が騒動の種であると云う珍譚《ちんだん》を紹介|仕《つかまつ》るが、決して主人にいってはいけない。是限《これぎ》りの話しである。抑《そもそ》も此《この》空地《あきち》に関して第一の不都合なる事は垣根のない事である。吹き払い、吹き通し、抜け裏、通行御免天下晴れての空地《あきち》である。ある[#「ある」に傍点]と云うと嘘をつく様《よう》でよろしくない。実《じつ》を云うとあった[#「あった」に傍点]のである。然《しか》し話しは過去へ溯《さかのぼ》らんと源因《げんいん》が分からない。源因《げんいん》が分からないと、医者でも処方に迷惑する。だからこゝへ引き越して来た当時からゆっくりと話し始める。吹き通しも夏はせい/\して心持ちがいゝものだ。不用心《ぶようじん》だって金のない所に盗難のある筈《はず》はない。だから主人の家に、あらゆる塀、垣、乃至《ないし》は乱杭《らんぐい》、逆茂木《さかもぎ》の類は全く不要である。然《しか》しながら是は空地《あきち》の向うに住居する人間|若《もし》くは動物の種類|如何《いかん》に因《よ》って決せらるゝ問題であろうと思う。従って此《この》問題を決する為には勢い向う側《がわ》に陣取って居《い》る君子《くんし》の性質を明《あきら》かにせんければならん。人間だか動物だか分らない先に君子《くんし》と称するのは太《はなは》だ早計の様《よう》ではあるが大抵|君子《くんし》で間違《まちがい》はない。梁上《りょうじょう》の君子《くんし》抔《など》と云って泥棒さえ君子《くんし》と云う世の中である。但《たゞ》し此《この》場合に於ける君子《くんし》は決して警察の厄介《やっかい》になる様《よう》な君子《くんし》ではない。警察の厄介《やっかい》にならない代りに、数《かず》でこなした者と見えて沢山《たくさん》居《い》る。うじゃ/\居《い》る。落雲館《らくうんかん》と称する私立の中学校――八百の君子《くんし》をいやが上に君子《くんし》に養成する為に毎月弐円の月謝を徴収する学校である。名前が落雲館だから風流な君子《くんし》許《ばか》りかと思うと、それがそも/\の間違《まちがい》になる。其《その》信用すべからざる事は群鶴館《ぐんかくかん》に鶴の下《お》りざる如く、臥龍窟《がりょうくつ》に猫が居《い》る様《よう》なものである。学士とか教師とか号するものに主人苦沙彌君の如き気違《きちがい》のある事を知った以上は落雲館の君子《くんし》が風流漢|許《ばか》りでないと云う事がわかる訳だ。夫《それ》がわからんと主張するなら先《ま》ず三日|許《ばか》り主人のうちへ宿《とま》りに来て見るがいゝ。
 前《ぜん》申す如く、こゝへ引き越しの当時は、例の空地《あきち》に垣がないので、落雲館の君子《くんし》は車屋の黒の如く、のそ/\と桐畠《きりばたけ》に這入り込んできて、話をする、弁当を食う、笹の上に寝転ぶ――色々の事をやったものだ。それからは弁当の死骸|即《すなわ》ち竹の皮、古新聞、或《あるい》は古草履《ふるぞうり》、古下駄、ふると云う名のつくものを大概こゝへ棄てた様《よう》だ。無頓着《むとんじゃく》なる主人は存外平気に構えて、別段抗議も申し込まずに打ち過ぎたのは、知らなかったのか、知っても咎《とが》めん積りであったのか分らない。所が彼等|君子《くんし》は学校で教育を受くるに従って、漸々《だん/″\》君子《くんし》らしくなったものと見えて、次第に北側から南側の方面へ向けて蚕食《さんしょく》を企《くわ》だてゝ来た。蚕食《さんしょく》と云う語《ご》が君子《くんし》に不似合ならやめてもよろしい。但《たゞ》し外《ほか》に言葉がないのである。彼等は水草《すいそう》を追うて居《きょ》を変ずる沙漠の住民の如く、桐《きり》の木を去って檜《ひのき》の方《ほう》に進んで来た。檜《ひのき》のある所は座敷の正面である。余程大胆なる君子《くんし》でなければ此程《これほど》の行動は取れん筈《はず》である。一両日の後《のち》彼等の大胆は更《さら》に一層の大《だい》を加えて大々胆となった。教育の結果程恐しいものはない。彼等は単に座敷の正面に逼《せま》るのみならず、この正面に於《おい》て歌をうたいだした。何《なん》と云う歌か忘れて仕舞ったが、決して三十一文字《みそひともじ》の類《たぐい》ではない、もっと活溌で、もっと俗耳《ぞくじ》に入《い》り易《やす》い歌であった。驚ろいたのは主人|許《ばか》りではない、吾輩迄も彼等|君子《くんし》の才芸に嘆服《たんぷく》して覚えず耳を傾けた位である。然《しか》し読者も御案内であろうが、嘆服《たんぷく》と云う事と邪魔と云う事は時として両立する場合がある。此《この》両者が此際《このさい》図《はか》らずも合《がっ》して一となったのは、今から考えて見ても返す/″\残念である。主人も残念であったろうが、已《やむ》を得ず書斎から飛び出して行って、こゝは君等の這入る所ではない、出給えと云って、二三度追い出した様《よう》だ。所が教育のある君子《くんし》の事だから、こんな事で大人《おとな》しく聞く訳がない。追い出されればすぐ這入る。這入れば活溌なる歌をうたう。高声《こうせい》に談話をする。而《しか》も君子《くんし》の談話だから一|風《ぷう》違って、おめえ[#「おめえ」に傍点]だの知らねえ[#「知らねえ」に傍点]のと云う。そんな言葉は御維新《ごいっしん》前は折助《おりすけ》と雲助《くもすけ》と三助《さんすけ》の専門的知識に属して居たそうだが、二十世紀になってから教育ある君子《くんし》の学ぶ唯《ゆい》一の言語であるそうだ。一般から軽蔑せられたる運動が、かくの如く今日《こんにち》歓迎せらるゝ様《よう》になったのと同一の現象だと説明した人がある。主人は又書斎から飛び出して此《この》君子《くんし》流《りゅう》の言葉に尤《もっと》も堪能《かんのう》なる一人を捉《つら》まえて、何故《なぜ》こゝへ這入るかと詰問《きつもん》したら、君子《くんし》は忽《たちま》ち「おめえ[#「おめえ」に傍点]、知らねえ[#「知らねえ」に傍点]」の上品な言葉を忘れて「こゝは学校の植物園かと思いました」と頗《すこぶ》る下品な言葉で答えた。主人は将来を戒めて放《はな》してやった。放《はな》してやるのは亀の子の様《よう》で可笑《おか》しいが、実際彼は君子《くんし》の袖を捉《とら》えて談判したのである。此《この》位やかましく云ったらもうよかろうと主人は思って居たそうだ。所が実際は女※[#「女+咼」、第3水準1-15-89]氏《じょかし》の時代から予期と違うもので、主人は又失敗した。今度は北側から邸内を横断して表門から抜ける、表門をがらりとあけるから御客かと思うと桐畠の方《ほう》で笑う声がする。形勢は益《ます/\》不穏《ふおん》である。教育の効果は愈《いよ/\》顕著《けんちょ》になってくる。気の毒な主人はこいつは手に合わんと、夫《それ》から書斎へ立て籠《こも》って、恭《うや/\》しく一|書《しょ》を落雲館校長に奉《たてまつ》って、少々|御取締《おとりしまり》をと哀願した。校長も鄭重《ていちょう》なる返書を主人に送って、垣をするから待って呉れと云った。しばらくすると二三人の職人が来て半日|許《ばか》りの間に主人の屋敷と、落雲館の境《さかい》に、高さ三尺|許《ばか》りの四つ目垣が出来上がった。是で漸々《よう/\》安心だと主人は喜こんだ。主人は愚物である。此《この》位の事で君子《くんし》の挙動の変化する訳がない。
 全体人にからかうのは面白いものである。吾輩の様《よう》な猫ですら、時々は当家の令嬢にからかって遊ぶ位だから、落雲館の君子《くんし》が、気の利《き》かない苦沙彌先生にからかうのは至極《しごく》尤《もっと》もな所で、之《これ》に不平なのは恐らく、からかわれる当人|丈《だけ》であろう。からかうと云う心理を解剖して見ると二つの要素がある。第一からかわれる当人が平気で澄まして居てはならん。第二からかう者が勢力に於《おい》て人数《にんず》に於《おい》て相手より強くなくてはいかん。此間《このあいだ》主人が動物園から帰って来てしきりに感心して話した事がある。聞いて見ると駱駝《らくだ》と小犬の喧嘩を見たのだそうだ。小犬が駱駝《らくだ》の周囲を疾風《しっぷう》の如く廻転して吠え立てると、駱駝《らくだ》は何《なん》の気もつかずに、依然として脊中《せなか》へ瘤《こぶ》をこしらえて突っ立った儘《まゝ》であるそうだ。いくら吠えても狂っても相手にせんので、仕舞には犬も愛想《あいそ》をつかしてやめる、実《じつ》に駱駝《らくだ》は無神経だと笑って居たが、それが此《この》場合の適例である。いくらからかうものが上手《じょうず》でも相手が駱駝《らくだ》と来ては成立しない。さればと云って獅子《しし》や虎の様《よう》に先方が強過ぎても者にならん。からかいかけるや否《いな》や八つ裂《ざ》きにされて仕舞う。からかうと歯をむき出して怒《おこ》る、怒《おこ》る事は怒《おこ》るが、こっちをどうする事も出来ないと云う安心のある時に愉快は非常に多いものである。何故《なぜ》こんな事が面白いと云うと其《その》理由は色々ある。先《ま》ずひまつぶしに適して居《い》る。退屈な時には髯《ひげ》の数《かず》さえ勘定して見たくなる者だ。昔し獄《ごく》に投ぜられた囚人の一人は無聊《ぶりょう》のあまり、房《へや》の壁に三角形を重ねて画《か》いて其《そ》の日をくらしたと云う話がある。世の中に退屈程我慢の出来にくいものはない、何か活気を刺激する事件がないと生きて居《い》るのがつらいものだ。からかう[#「からかう」に傍点]と云うのもつまり此《この》刺激を作って遊ぶ一種の娯楽である。但《たゞ》し多少先方を怒《おこ》らせるか、弱らせるかしなくては刺激にならんから、昔しからからかう[#「からかう」に傍点]と云う娯楽に耽《ふけ》るものは人の気を知らない馬鹿大名の様《よう》な退屈の多い者、若《も》しくは自分のなぐさみ以外は考うるに暇《いとま》なき程頭の発達が幼稚で、しかも活気の使い道に窮する少年かに限って居《い》る。次には自己の優勢な事を実地に証明するものには尤《もっと》も簡便《かんべん》な方法である。人を殺したり、人を傷《きずつ》けたり、又は人を陥《おとしい》れたりしても自己の優勢な事は証明出来る訳であるが、是等は寧《むし》ろ殺したり、傷《きずつ》けたり、陥《おとしい》れたりするのが目的のときによるべき手段で、自己の優勢なる事は此《この》手段を遂行《すいこう》した後《のち》に必然の結果として起る現象に過ぎん。だから一方には自分の勢力が示したくって、しかもそんなに人に害を与えたくないと云う場合には、からかう[#「からかう」に傍点]のが一番|御恰好《おかっこう》である。多少人を傷《きずつ》けなければ自己のえらい[#「えらい」に傍点]事は事実の上に証拠だてられない。事実になって出て来ないと、頭のうちで安心して居ても存外快楽のうすいものである。人間は自己を恃《たの》むものである。否《いな》恃《たの》み難《がた》い場合でも恃《たの》みたいものである。夫《それ》だから自己は是丈《これだけ》恃《たの》める者だ、是なら安心だと云う事を、人に対して実地に応用して見ないと気が済まない。しかも理窟のわからない俗物や、あまり自己が恃《たの》みになりそうもなくて落ち付きのない者は、あらゆる機会を利用して、此《この》証券を握ろうとする。柔術使《じゅうじゅつつかい》が時々人を投げて見たくなるのと同じ事である。柔術の怪しいものは、どうか自分より弱い奴に、只の一|返《ぺん》でいゝから出逢って見たい、素人《しろうと》でも構わないから抛《な》げて見たいと至極《しごく》危険な了見を抱《いだ》いて町内をあるくのも是が為である。其他《そのた》にも理由は色々あるが、あまり長くなるから略する事に致す。聞きたければ鰹節《かつぶし》の一折《ひとおり》も持って習いにくるがいゝ、いつでも教えてやる。以上に説く所を参考して推論して見ると、吾輩の考《かんがえ》では奥山の猿と、学校の教師がからかうには一番手頃である。学校の教師を以《もっ》て、奥山の猿に比較しては勿体ない。――猿に対して勿体ないのではない、教師に対して勿体ないのである。然《しか》しよく似て居《い》るから仕方がない、御承知の通り奥山の猿は鎖で繋《つな》がれて居《い》る。いくら歯をむき出しても、きゃっ/\騒いでも引き掻かれる気遣《きづかい》はない。教師は鎖で繋《つな》がれて居《お》らない代りに月給で縛られて居《い》る。いくらからかったって大丈夫、辞職して生徒をぶんなぐる事はない。辞職をする勇気のある様《よう》なものなら最初から教師|抔《など》をして生徒の御守《おも》りは勤めない筈《はず》である。主人は教師である。落雲館の教師ではないが、矢張り教師に相違ない。からかう[#「からかう」に傍点]には至極《しごく》適当で、至極《しごく》安直《あんちょく》で、至極《しごく》無事な男である。落雲館の生徒は少年である。からかう[#「からかう」に傍点]事は自己の鼻を高くする所以《ゆえん》で、教育の功果《こうか》として至当《しとう》に要求して然《しか》るべき権利と迄心得て居《い》る。のみならずからかい[#「からかい」に傍点]でもしなければ、活気に充ちた五体と頭脳を、いかに使用して然《しか》るべきか十分の休暇中持て余まして困って居《い》る連中《れんじゅう》である。此等《これら》の条件が備われば主人は自《おのず》からからかわれ[#「からかわれ」に傍点]、生徒は自《おのず》からからかう[#「からかう」に傍点]、誰から云わしても毫《ごう》も無理のない所である。それを怒《おこ》る主人は野暮《やぼ》の極《きょく》、間抜《まぬけ》の骨頂《こっちょう》でしょう。これから落雲館の生徒が如何《いか》に主人にからかったか、是に対して主人が如何《いか》に野暮《やぼ》を極《きわ》めたかを逐一《ちくいち》かいて御覧に入れる。
 諸君は四つ目垣とは如何《いか》なる者であるか御承知であろう。風通しのいゝ、簡便《かんべん》な垣である。吾輩|抔《など》は目の間から自由自在に往来する事が出来る。こしらえなくたって同じ事だ。然《しか》し落雲館の校長は猫の為めに四つ目垣を作ったのではない、自分が養成する君子《くんし》が潜《くゞ》られん為に、わざ/\職人を入れて結《ゆ》い繞《めぐ》らせたのである。成程いくら風通しがよく出来て居ても、人間には潜《くゞ》れそうにない。此《この》竹を以《もっ》て組み合せたる四寸角の穴をぬける事は、清国《しんこく》の奇術師|張世尊《ちょうせいそん》其《その》人と雖《いえども》六《む》ずかしい。だから人間に対しては充分垣の功能をつくして居《い》るに相違ない。主人が其《その》出来上ったのを見て、是ならよかろうと喜んだのも無理はない。然《しか》し主人の論理には大《おおい》なる穴がある。此《この》垣よりも大《おお》いなる穴がある。呑舟《どんしゅう》の魚《うお》をも洩《もら》すべき大穴がある。彼は垣は踰《こ》ゆべきものにあらずとの仮定から出立して居《い》る。苟《いやしく》も学校の生徒たる以上は如何《いか》に粗末の垣でも、垣と云う名がついて、分界線の区域さえ判然すれば決して乱入される気遣《きづかい》はないと仮定したのである。次に彼は其《その》仮定をしばらく打ち崩して、よし乱入する者があっても大丈夫と論断したのである。四つ目垣の穴を潜《くゞ》り得《う》る事は、如何《いか》なる小僧と雖《いえども》到底出来る気遣《きづかい》はないから乱入の虞《おそれ》は決してないと速定《そくてい》して仕舞ったのである。成程彼等が猫でない限りは此《この》四角の目をぬけてくる事はしまい、したくても出来まいが、乗り踰《こ》える事、飛び越える事は何《なん》の事もない。却《かえ》って運動になって面白い位である。
 垣の出来た翌日から、垣の出来ぬ前と同様に彼等は北側の空地《あきち》へぽかり/\と飛び込む。但《たゞ》し座敷の正面迄は深入りをしない。若《も》し追い懸けられたら逃げるのに、少々ひまが入《い》るから、予《あらかじ》め逃げる時間を勘定に入れて、捕《とら》えらるゝ危険のない所で遊弋《ゆうよく》をして居《い》る。彼等が何をして居《い》るか東の離れに居《い》る主人には無論目に入《い》らない。北側の空地《あきち》に彼等が遊弋《ゆうよく》して居《い》る状態は、木戸をあけて反対の方角から鉤《かぎ》の手に曲って見るか、又は後架《こうか》の窓から垣根越しに眺めるより外《ほか》に仕方がない。窓から眺める時はどこに何が居《い》るか、一|目《もく》明瞭に見渡す事が出来るが、よしや敵を幾人《いくたり》見出《みいだ》したからと云って捕《とら》える訳には行《ゆ》かぬ。只窓の格子《こうし》の中から叱りつける許《ばか》りである。もし木戸から迂回《うかい》して敵地を突こうとすれば、足音を聞きつけて、ぽかり/\と捉《つら》まる前に向う側《がわ》へ下《お》りて仕舞う。膃肭臍《おっとせい》がひなたぼっこをして居《い》る所へ密猟船が向った様《よう》な者だ。主人は無論|後架《こうか》で張り番をして居《い》る訳ではない。と云って木戸を開《ひら》いて、音がしたら直《す》ぐ飛び出す用意もない。もしそんな事をやる日には教師を辞職して、其方《そのほう》専門にならなければ追っ付かない。主人|方《がた》の不利を云うと書斎からは敵の声|丈《だけ》聞えて姿が見えないのと、窓からは姿が見える丈《だけ》で手が出せない事である。此《この》不利を看破したる敵はこんな軍略を講じた。主人が書斎に立て籠って居《い》ると探偵した時には、可成《なるべく》大きな声を出してわあ/\云う。その中には主人をひやかす様《よう》な事を聞こえよがしに述べる。而《しか》も其《その》声の出所《しゅっしょ》を極《きわ》めて不分明《ふぶんめい》にする。一寸《ちょっと》聞くと垣の内で騒いで居《い》るのか、或《あるい》は向う側《がわ》であばれて居《い》るのか判定しにくい様《よう》にする。もし主人が出懸けて来たら、逃げ出すか、又は始めから向う側《がわ》に居て知らん顔をする。又主人が後架《こうか》へ――吾輩は最前《さいぜん》からしきりに後架《こうか》々々ときたない字を使用するのを別段の光栄とも思って居《お》らん、実《じつ》は迷惑千万であるが、此《この》戦争を記述する上に於《おい》て必要であるから已《やむ》を得ない。――即《すなわ》ち主人が後架《こうか》へまかり越したと見て取るときは、必ず桐《きり》の木の附近を徘徊《はいかい》してわざと主人の眼につく様《よう》にする。主人がもし後架《こうか》から四|隣《りん》に響く大音《だいおん》を揚《あ》げて怒鳴《どな》りつければ敵は周章《あわ》てる気色《けしき》もなく悠然と根拠地へ引きあげる。此《この》軍略を用いられると主人は甚《はなは》だ困却《こんきゃく》する。慥《たし》かに這入っているなと思ってステッキを持って出懸《でか》けると寂然《せきぜん》として誰も居ない。居ないかと思って窓からのぞくと必ず一二人這入って居《い》る。主人は裏へ廻って見たり、後架《こうか》から覗《のぞ》いて見たり、後架《こうか》から覗《のぞ》いて見たり、裏へ廻って見たり、何度言っても同じ事だが、何度云っても同じ事を繰り返して居《い》る。奔命《ほんめい》に疲れるとは此《この》事である。教師が職業であるか、戦争が本務であるか一寸《ちょっと》分らない位逆上して来た。此《この》逆上の頂点に達した時に下《しも》の事件が起ったのである。
 事件は大概逆上から出る者だ。逆上とは読んで字の如く逆《さ》かさに上《のぼ》るのである。此《この》点に関してはゲーレンもパラセルサスも旧弊《きゅうへい》なる扁鵲《へんじゃく》も異議を唱《とな》うる者は一人もない。只どこへ逆《さ》かさに上《のぼ》るかゞ問題である。又何が逆《さ》かさに上《のぼ》るかゞ議論のある所である。古来|欧洲人《おうしゅうじん》の伝説によると、吾人の体内には四種の液が循環《じゅんかん》して居《お》ったそうだ。第一に怒液《どえき》と云う奴がある。是が逆《さ》かさに上《のぼ》ると怒《おこ》り出す。第二に鈍液《どんえき》と名づくるのがある。是が逆《さ》かさに上《のぼ》ると神経が鈍《にぶ》くなる。次には憂液《ゆうえき》、是は人間を陰気にする。最後が血液、是は四|肢《し》を壮《さか》んにする。其後《そのご》人文《じんぶん》が進むに従って鈍液《どんえき》、怒液《どえき》、憂液《ゆうえき》はいつの間《ま》にかなくなって、現今《げんこん》に至っては血液|丈《だけ》が昔の様《よう》に循環《じゅんかん》して居《い》ると云う話しだ。だから若《も》し逆上する者があらば血液より外《ほか》にはあるまいと思われる。然《しか》るに此《この》血液の分量は個人に依《よっ》てちゃんと極《き》まって居《い》る。性分《しょうぶん》によって多少の増減はあるが、先《ま》ず大抵一人前に付《つき》五升五合の割合である。だに依《よっ》て、此《この》五升五合が逆《さ》かさに上《のぼ》ると、上《のぼ》った所|丈《だけ》は熾《さか》んに活動するが、其他《そのた》の局部は欠乏を感じて冷たくなる。丁度交番|焼打《やきうち》の当時巡査が悉《こと/″\》く警察署へ集って、町内には一人もなくなった様《よう》なものだ。あれも医学上から診断すると警察の逆上と云う者である。で此《この》逆上を癒《い》やすには血液を従前《じゅうぜん》の如く体内の各部へ平均に分配しなければならん。そうするには逆《さ》かさに上《のぼ》った奴を下へ降《おろ》さなくてはならん。其方《そのほう》には色々ある。今は故人となられたが主人の先君《せんくん》抔《など》は濡れ手拭《てぬぐい》を頭にあてゝ炬燵《こたつ》にあたって居《お》られたそうだ。頭寒足熱《ずかんそくねつ》は延命息災《えんめいそくさい》の徴《ちょう》と傷寒論《しょうかんろん》にも出て居《い》る通り、濡れ手拭《てぬぐい》は長寿法に於《おい》て一|日《じつ》も欠く可《べ》からざる者である。夫《それ》でなければ坊主の慣用する手段を試みるがよい。一|所《しょ》不住《ふじゅう》の沙門《しゃもん》雲水《うんすい》行脚《あんぎゃ》の衲僧《のうそう》は必ず樹下《じゅか》石上《せきじょう》を宿《やど》とすとある。樹下《じゅか》石上《せきじょう》とは難行苦行の為めではない。全くのぼせ[#「のぼせ」に傍点]を下げる為に六祖が米を舂《つ》きながら考え出した秘法である。試みに石の上に坐って御覧、尻が冷えるのは当り前だろう。尻が冷える、のぼせが下《さ》がる、是亦自然の順序にして毫《ごう》も疑《うたがい》を挟《さしはさ》むべき余地はない。斯様《かよう》に色々な方法を用いてのぼせ[#「のぼせ」に傍点]を下《さ》げる工夫は大分《だいぶ》発明されたが、未《ま》だのぼせ[#「のぼせ」に傍点]を引き起す良方《りょうほう》が案出されないのは残念である。一概に考えるとのぼせは損あって益《えき》なき現象であるが、そう許《ばか》り速断してならん場合がある。職業によると逆上は余程大切な者で、逆上せんと何《なん》にも出来ない事がある。其中《そのうち》で尤《もっと》も逆上を重んずるのは詩人である。詩人に逆上が必要なる事は汽船に石炭が欠く可《べ》からざる様《よう》な者で、此《この》供給が一日でも途切れると彼れ等は手を拱《こまぬ》いて飯を食うより外《ほか》に何等《なんら》の能《のう》もない凡人になって仕舞う。尤《もっと》も逆上は気違《きちがい》の異名《いみょう》で、気違《きちがい》にならないと家業が立ち行《ゆ》かんとあっては世間体《せけんてい》が悪いから、彼等の仲間では逆上を呼ぶに逆上の名を以《もっ》てしない。申し合せてインスピレーション、インスピレーションと左《さ》も勿体《もったい》そうに称《とな》えて居《い》る。是は彼等が世間を瞞着《まんちゃく》する為めに製造した名で其実《そのじつ》は正《まさ》に逆上である。プレートーは彼等の肩を持って此種《このしゅ》の逆上を神聖なる狂気と号したが、いくら神聖でも狂気では人が相手にしない。矢張りインスピレーションと云う新発明の売薬《ばいやく》の様《よう》な名を付けて置く方が彼等の為めによかろうと思う。然《しか》し蒲鉾《かまぼこ》の種が山芋である如く、観音《かんのん》の像が一寸八|分《ぶ》の朽木《くちき》である如く、鴨南蛮《かもなんばん》の材料が烏《からす》である如く、下宿屋の牛鍋《ぎゅうなべ》が馬肉である如くインスピレーションも実《じつ》は逆上である。逆上であって見れば臨時の気違《きちがい》である。巣鴨《すがも》へ入院せずに済むのは単に臨時[#「臨時」に傍点]|気違《きちがい》であるからだ。所が此《この》臨時の気違《きちがい》を製造する事が困難なのである。一生涯の狂人は却《かえ》って出来安いが、筆を執《と》って紙に向う間|丈《だけ》気違《きちがい》にするのは、如何《いか》に巧者な神様でも余程骨が折れると見えて、中々|拵《こしら》えて見せない。神が作ってくれん以上は自力《じりき》で拵《こしら》えなければならん。そこで昔から今日《こんにち》迄逆上術も亦逆上とりのけ術と同じく大《おおい》に学者の頭脳を悩ました。ある人はインスピレーションを得《う》る為めに毎日渋柿を十二個ずつ食った。是は渋柿を食えば便秘する。便秘すれば逆上は必ず起るという理論から来たものだ。又ある人はかん徳利を持って鉄砲風呂へ飛び込んだ。湯の中で酒を飲んだら逆上するに極《きま》って居《い》ると考えたのである。其《その》人の説によると之《これ》で成功しなければ葡萄酒の湯をわかして這入れば一|返《ぺん》で功能があると信じ切って居《い》る。然《しか》し金がないのでついに実行する事が出来なくて死んで仕舞ったのは気の毒である。最後に古人《こじん》の真似をしたらインスピレーションが起るだろうと思い付いた者がある。是はある人の態度動作を真似ると心的状態も其《その》人に似てくると云う学説を応用したのである。酔っぱらいの様《よう》に管《くだ》を捲《ま》いて居《い》ると、いつの間《ま》にか酒飲みの様《よう》な心持《こゝろもち》になる、坐禅をして線香一本の間我慢して居《い》るとどことなく坊主らしい気分になれる。だから昔からインスピレーションを受けた有名の大家《たいか》の所作《しょさ》を真似れば必ず逆上するに相違ない。聞く所によればユーゴーは快走船《ヨット》の上へ寝転《ねころ》んで文章の趣向を考えたそうだから、船へ乗って青空を見詰めて居《い》れば必ず逆上|受合《うけあい》である。スチーブンソンは腹這《はらばい》に寝て小説を書いたそうだから、打つ伏《ぶ》しになって筆を持てば屹度《きっと》血が逆《さ》かさに上《のぼ》ってくる。斯様《かよう》に色々な人が色々の事を考え出したが、まだ誰も成功しない。先《ま》ず今日《こんにち》の所では人為的逆上は不可能の事となって居《い》る。残念だが致し方がない。早晩《そうばん》随意にインスピレーションを起し得《う》る時機の到来するは疑《うたがい》もない事で、吾輩は人文《じんぶん》の為に此《この》時機の一|日《じつ》も早く来《きた》らん事を切望するのである。
 逆上の説明は此《この》位で充分だろうと思うから、これより愈《いよ/\》事件に取りかゝる。然《しか》し凡《すべ》ての大事件の前には必ず小事件が起るものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸《いっ》するのは古来から歴史家の常に陥《おちい》る弊竇《へいとう》である。主人の逆上も小事件に逢《あう》度《たび》に一層の劇甚《げきじん》を加えて、遂《つい》に大事件を引き起したのであるからして、幾分か其《その》発達を順序立てゝ述べないと主人が如何《いか》に逆上して居《い》るか分りにくい。分りにくいと主人の逆上は空名《くうめい》に帰《き》して、世間からはよもや夫《そ》れ程でもなかろうと見くびられるかも知れない。折角《せっかく》逆上しても人から天晴《あっぱれ》な逆上と謡《うた》われなくては張り合《あい》がないだろう。是から述べる事件は大小に係《かゝわ》らず主人に取って名誉な者ではない。事件|其物《そのもの》が不名誉であるならば、責めて逆上なりとも、正銘《しょうめい》の逆上であって、決して人に劣るものでないと云う事を明《あきら》かにして置きたい。主人は他《た》に対して別に是と云って誇るに足る性質を有して居《お》らん。逆上でも自慢しなくてはほかに骨を折って書き立てゝやる種がない。
 落雲館に群《むら》がる敵軍は近日《きんじつ》に至って一種のダムダム弾を発明して、十分の休暇、若《も》しくは放課後に至って熾《さかん》に北側の空地《あきち》に向って砲火を浴びせかける。此《この》ダムダム弾は通称をボールと称《とな》えて、擂粉木《すりこぎ》の大きな奴を以《もっ》て任意|之《これ》を敵中に発射する仕掛である。いくらダムダムだって落雲館の運動場《うんどうば》から発射するのだから、書斎に立て籠ってる主人に中《あた》る気遣《きづかい》はない。敵と雖《いえども》弾道のあまり遠過ぎるのを自覚せん事はないのだけれど、そこが軍略である。旅順《りょじゅん》の戦争にも海軍から間接射撃を行って偉大な功《こう》を奏したと云う話であれば、空地《あきち》へころがり落つるボールと雖《いえ》ども相当の功果《こうか》を収《おさ》め得《え》ぬ事はない。況《いわ》んや一発を送る度《たび》に総軍力を合せてわーと威嚇性|大音声《だいおんじょう》を出《いだ》すに於《おい》てをやである。主人は恐縮の結果として手足に通《かよ》う血管が収縮せざるを得ない。煩悶《はんもん》の極《きょく》そこいらを迷付《まごつ》いて居《い》る血が逆《さか》さに上《のぼ》る筈《はず》である。敵の計《はかりごと》は中々巧妙と云うてよろしい。昔し希臘《ギリシャ》にイスキラスと云う作家があったそうだ。此《この》男は学者作家に共通なる頭を有して居たと云う。吾輩の所謂《いわゆる》学者作家に共通なる頭とは禿《はげ》と云う意味である。何故《なぜ》頭が禿《は》げるかと云えば頭の栄養不足で毛が生長する程活気がないからに相違ない。学者作家は尤《もっと》も多く頭を使うものであって大概は貧乏に極《きま》って居《い》る。だから学者作家の頭はみんな栄養不足で、みんな禿《は》げて居《い》る。偖《さて》イスキラスも作家であるから自然の勢《いきおい》禿《は》げなくてはならん。彼はつる/\然《ぜん》たる金柑頭《きんかんあたま》を有して居《お》った。所がある日の事、先生例の頭――頭に外行《ゆそゆき》も普段着もないから例の頭に極《きま》ってるが――其《その》例の頭を振り立て/\、太陽に照らしつけて往来をあるいて居た。これが間違いのもとである。禿《は》げ頭を日にあてゝ遠方から見ると、大変よく光るものだ。高い木には風があたる、光かる頭にも何かあたらなくてはならん。此《この》時イスキラスの頭の上に一羽の鷲《わし》が舞って居たが、見るとどこかで生捕《いけど》った一疋の亀を爪の先に攫《つか》んだ儘《まゝ》である。亀、スッポン抔《など》は美味に相違ないが、希臘《ギリシャ》時代から堅い甲羅《こうら》をつけて居《い》る。いくら美味でも甲羅《こうら》つきではどうする事も出来ん。海老《えび》の鬼殻焼《おにがらやき》はあるが亀の子の甲羅《こうら》※[#「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52]《に》は今でさえない位だから、当時は無論なかったに極《きま》って居《い》る。さすがの鷲《わし》も少々持て余した折柄《おりから》、遙か下界にぴかと光った者がある。その時|鷲《わし》はしめたと思った。あの光ったものゝ上へ亀の子を落したなら、甲羅《こうら》は正《まさ》しく碎《くだ》けるに極《き》わまった。碎《くだ》けたあとから舞い下りて中味を頂戴すれば訳はない。そうだ/\と覗《ねらい》を定めて、かの亀の子を高い所から挨拶《あいさつ》も無く頭の上へ落した。生憎《あいにく》作家の頭の方《ほう》が亀の甲より軟《やわ》らかであったものだから、禿《はげ》はめちゃ/\に碎《くだ》けて有名なるイスキラスはこゝに無惨の最後を遂《と》げた。それはそうと、解《げ》しかねるのは鷲《わし》の了見である。例の頭を、作家の頭と知って落したのか、又は禿《はげ》岩と間違えて落したものか、解決し様《よう》次第で、落雲館の敵と此《この》鷲《わし》とを比較する事も出来るし、又出来なくもなる。主人の頭はイスキラスのそれの如く、又|御歴々《おれき/\》の学者の如くぴか/\光っては居《お》らん。然《しか》し六畳敷にせよ苟《いやしく》も書斎と号する一室を控えて、居眠りをしながらも、六《む》ずかしい書物の上へ顔を翳《かざ》す以上は、学者作家の同類と見傚《みな》さなければならん。そうすると主人の頭の禿《は》げて居《お》らんのは、まだ禿《は》げるべき資格がないからで、其内《そのうち》に禿《は》げるだろうとは近々《きん/\》此《この》頭の上に落ちかゝるべき運命であろう。して見れば落雲館の生徒が此《この》頭を目懸けて例のダムダム|丸《がん》を集注するのは策の尤《もっと》も時宜《じぎ》に適したものと云わねばならん。もし敵が此《この》行動を二週間継続するならば、主人の頭は畏怖《いふ》と煩悶《はんもん》の為め必ず営養の不足を訴えて、金柑《きんかん》とも薬罐《やかん》とも銅壺《どうこ》とも変化するだろう。猶《なお》二週間の砲撃を食《くら》えば金柑《きんかん》は潰《つぶ》れるに相違ない。薬罐《やかん》は洩るに相違ない。銅壺《どうこ》ならひゞが入《い》るにきまって居《い》る。此《この》覩易《みやす》き結果を予想せんで、飽く迄も敵と戦闘を継続しようと苦心するのは、只本人たる苦沙彌先生のみである。
 ある日の午後、吾輩は例の如く椽側《えんがわ》へ出て午睡《ひるね》をして虎になった夢を見て居た。主人に鶏肉を持って来いと云うと、主人がへえ/\と恐る/\鶏肉を持って出る。迷亭が来たから、迷亭に雁《がん》が食いたい、雁鍋《がんなべ》へ行って誂《あつ》らえて来いと云うと、蕪《かぶ》の香の物と、塩煎餅《しおせんべい》と一所《いっしょ》に召し上がりますと雁《がん》の味が致しますと例の如く茶羅《ちゃら》ッ鉾《ぽこ》を云うから、大きな口をあいて、うーと唸《うな》って嚇《おどか》してやったら、迷亭は蒼くなって山下《やました》の雁鍋《がんなべ》は廃業致しましたが如何《いかゞ》取り計《はから》いましょうかと云った。夫《それ》なら牛肉で勘弁するから早く西川《にしかわ》へ行ってロースを一|斤《きん》取って来い、早くせんと貴様から食い殺すぞと云ったら、迷亭は尻を端折《はしょ》って馳《か》け出した。吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側《えんがわ》一杯に寝そべって、迷亭の帰るのを待ち受けて居《い》ると、忽《たちま》ち家中《うちじゅう》に響く大きな声がして折角《せっかく》の牛《ぎゅう》も食わぬ間《ま》に夢がさめて吾に帰った。すると今迄恐る/\吾輩の前に平伏して居たと思いの外《ほか》の主人が、いきなり後架《こうか》から飛び出して来て、吾輩の横腹をいやと云う程|蹴《け》たから、おやと思ううち、忽《たちま》ち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方《ほう》へかけて行《ゆ》く。吾輩は虎から急に猫と収縮したのだから何《なん》となく極《きま》りが悪くもあり、可笑《おか》しくもあったが、主人の此《この》権幕《けんまく》と横腹を蹴《け》られた痛さとで、虎の事はすぐ忘れて仕舞った。同時に主人が愈《いよ/\》出馬して敵と交戦するな面白いわいと、痛いのを我慢して、後《あと》を慕《した》って裏口へ出た。同時に主人がぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]と怒鳴《どな》る声が聞える、見ると制帽をつけた十八九になる倔強《くっきょう》な奴が一人、四ツ目垣を向うへ乗り越えつゝある。やあ遅かったと思ううち、彼《か》の制帽は馳《か》け足の姿勢をとって根拠地の方《ほう》へ韋駄天《いだてん》の如く逃げて行《ゆ》く。主人はぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]が大《おおい》に成功したので、又もぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]と高く叫びながら追いかけて行《ゆ》く。然《しか》しかの敵に追い付く為めには主人の方で垣を越さなければならん。深入りをすれば主人|自《みずか》ら泥棒になる筈《はず》である。前《ぜん》申す通り主人は立派なる逆上家である。こう勢《いきおい》に乗じてぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]を追い懸ける以上は、夫子《ふうし》自身がぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]に成っても追い懸ける積りと見えて、引き返す気色《けしき》もなく垣の根元迄進んだ。今一歩で彼はぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]の領分に入らなければならんと云う間際《まぎわ》に、敵軍の中から、薄い髯《ひげ》を勢《いきおい》なくして生やした将官がのこ/\と出馬して来た。両人《ふたり》は垣を境《さかい》に何か談判して居《い》る。聞いて見るとこんな詰らない議論である。
 「あれは本校の生徒です」
 「生徒たるべきものが、何《なん》で他《ひと》の邸内へ侵入するのですか」
 「いやボールがつい飛んだものですから」
 「なぜ断って、取りに来ないのですか」
 「是から善《よ》く注意します」
 「そんなら、よろしい」
 龍騰虎闘《りゅうとうことう》の壮観があるだろうと予期した交渉はかくの如く散文的なる談判を以《もっ》て無事に迅速《じんそく》に結了《けつりょう》した。主人の壮《さか》んなるは只意気込み丈《だけ》である。いざとなると、いつでも是で御仕舞だ。恰《あたか》も吾輩が虎の夢から急に猫に返った様《よう》な観がある。吾輩の小事件と云うのは即《すなわ》ち是である。小事件を記述したあとには、順序として是非大事件を話さなければならん。
 主人は座敷の障子《しょうじ》を開《ひら》いて腹這《はらばい》になって、何か思案して居《い》る。恐らく敵に対して防禦《ぼうぎょ》策を講じて居《い》るのだろう。落雲館は授業中と見えて、運動場《うんどうば》は存外静かである。只校舎の一室で、倫理の講義をして居《い》るのが手に取る様《よう》に聞える。朗々《ろう/\》たる音声で中々うまく述べ立てゝ居《い》るのを聴くと、全く昨日《きのう》敵中から出馬して談判の衝《しょう》に当った将軍である。
 「……で公徳と云うものは大切な事で、あちらへ行って見ると、仏蘭西《フランス》でも独逸《ドイツ》でも英吉利《イギリス》でも、どこへ行っても、此《この》公徳の行われて居《お》らん国はない。又どんな下等な者でも此《この》公徳を重んぜぬ者はない。悲しいかな、我が日本に在《あ》っては、未《ま》だ此《この》点に於《おい》て外国と拮抗《きっこう》する事が出来んのである。で公徳と申すと何か新しく外国から輸入して来た様《よう》に考える諸君もあるかも知れんが、そう思うのは大《だい》なる誤りで、昔人《せきじん》も夫子《ふうし》の道一|以《もっ》て之《これ》を貫く、忠恕《ちゅうじょ》のみ矣《い》と云われた事がある。此《この》恕《じょ》と申すのが取りも直《なお》さず公徳の出所《しゅっしょ》である。私も人間であるから時には大きな声をして歌|抔《など》うたって見たくなる事がある。然《しか》し私が勉強して居《い》る時に隣室のものなどが放歌《ほうか》するのを聴くと、どうしても書物の読めぬのが私の性分《しょうぶん》である。であるからして自分が唐詩選でも高声《こうせい》に吟《ぎん》じたら気分が晴々《せい/\》してよかろうと思う時ですら、もし自分の様《よう》に迷惑がる人が隣家に住んで居《お》って、知らず/\其《その》人の邪魔をする様《よう》な事があっては済まんと思うて、そう云う時はいつでも控えるのである。こう云う訳だから諸君も可成《なるべく》公徳を守って、苟《いやしく》も人の妨害になると思う事は決してやってはならんのである。……」
 主人は耳を傾けて、此《この》講話を謹聴《きんちょう》して居たが、茲《こゝ》に至ってにやりと笑った。一寸《ちょっと》此《この》にやり[#「にやり」に傍点]の意味を説明する必要がある。皮肉家が此《これ》をよんだら此《この》にやり[#「にやり」に傍点]の裏《うち》には冷評的分子が交《まじ》って居《い》ると思うだろう。然《しか》し主人は決して、そんな人の悪い男ではない。悪いと云うよりそんなに智慧の発達した男ではない。主人は何故《なぜ》笑ったかと云うと全く嬉しくって笑ったのである。倫理の教師たる者が斯様《かよう》に痛切なる訓戒を与えるからは此《この》後《のち》は永久ダムダム弾の乱射を免《まぬ》がれるに相違ない。当分のうち頭も禿《は》げずに済む、逆上は一|時《じ》に直《なお》らんでも時機さえくれば漸次《ぜんじ》回復するだろう、濡れ手拭《てぬぐい》を頂《いたゞ》いて、炬燵《こたつ》にあたらなくとも、樹下《じゅか》石上《せきじょう》を宿《やど》としなくとも大丈夫だろうと鑑定したから、にや/\と笑ったのである。借金は必ず返す者と二十世紀の今日《こんにち》にも矢張り正直に考える程の主人が此《この》講話を真面目に聞くのは当然であろう。
 やがて時間が来たと見えて、講話はぱたりと已《や》んだ。他《た》の教室の課業も皆一度に終った。すると今迄室内に密封された八百の同勢は鬨《とき》の声をあげて、建物を飛び出した。其《その》勢《いきおい》と云うものは、一尺程な蜂の巣を敲《たゝ》き落した如くである。ぶん/\、わん/\云うて窓から、戸口から、開《ひら》きから、苟《いやしく》も穴の開《あ》いて居《い》る所なら何《なん》の容赦《ようしゃ》もなく我勝ちに飛び出した。是が大事件の発端である。
 先《ま》ず蜂の陣立てから説明する。こんな戦争に陣立ても何もあるものかと云うのは間違って居《い》る。普通の人は戦争とさえ云えば沙河《しゃか》とか奉天《ほうてん》とか又|旅順《りょじゅん》とか其外《そのほか》に戦争はないものゝ如くに考えて居《い》る。少し詩がゝった野蛮人になると、アキリスがヘクトーの死骸を引きずって、トロイの城壁《じょうへき》を三|匝《そう》したとか、燕《えん》ぴと張飛《ちょうひ》が長坂橋《ちょうはんきょう》に丈|八《はち》の蛇矛《だぼう》を横《よこた》えて、曹操《そうそう》の軍百万人を睨《にら》め返したとか大袈裟な事|許《ばか》り連想する。連想は当人の随意だが其《それ》以外の戦争はないものと心得るのは不都合だ。太古《たいこ》蒙昧《もうまい》の時代に在《あ》ってこそ、そんな馬鹿気《ばかげ》た戦争も行われたかも知れん、然《しか》し太平の今日《こんにち》、大日本国帝都の中心に於《おい》て斯《かく》の如き野蛮的行動はあり得《う》べからざる奇蹟に属して居《い》る。如何《いか》に騒動が持ち上がっても交番の焼打《やきうち》以上に出る気遣《きづかい》はない。して見ると臥龍窟《がりょうくつ》主人の苦沙彌先生と落雲館|裏《り》八百の健児《けんじ》との戦争は、まず東京市にあって以来の大戦争の一として数えても然《しか》るべきものだ。左氏《さし》が※[#「焉+おおざと」、第3水準1-92-78]陵《えんりょう》の戦《たゝかい》を記《き》するに当っても先《ま》ず敵の陣勢《じんせい》から述べて居《い》る。古来から叙述に巧《たく》みなるものは皆|此《この》筆法を用いるのが通則になって居《い》る。だによって吾輩が蜂の陣立てを話すのも仔細なかろう。それで先《ま》ず蜂の陣立て如何《いかん》と見てあると、四つ目垣の外側に縦列《じゅうれつ》を形《かた》ちづくった一隊がある。是は主人を戦闘線内に誘致する職務を帯びた者と見える。「降参しねえか」「しねえ/\」「駄目だ/\」「出てこねえ」「落ちねえかな」「落ちねえ筈《はず》はねえ」「吠えて見ろ」「わん/\」「わん/\」「わん/\わん/\」是から先は縦隊《じゅうたい》総がゝりとなって吶喊《とっかん》の声を揚《あ》げる。縦隊《じゅうたい》を少し右へ離れて運動場《うんどうば》の方面には砲隊が形勝《けいしょう》の地を占《し》めて陣地を布《し》いて居《い》る。かくの如く一直線にならんで向い合って居《い》るのが砲手である。ある人の説によると是はベースボールの練習であって、決して戦闘準備ではないそうだ。吾輩はベースボールの何物たるを解せぬ文盲漢《もんもうかん》である。然《しか》し聞く所によれば是は米国《べいこく》から輸入された遊戯で、今日《こんにち》中学程度以上の学校に行わるゝ運動のうちで尤《もっと》も流行するものだそうだ。米国《べいこく》は突飛《とっぴ》な事|許《ばか》り考え出す国柄であるから、砲隊と間違えても然《しか》るべき、近所迷惑の遊戯を日本人に教うべく丈《だけ》其丈《それだけ》親切であったかも知れない。又米国人は之《これ》を以《もっ》て真《しん》に一種の運動遊戯と心得て居《い》るのだろう。然《しか》し純粋の遊戯でも斯様《かよう》に四|隣《りん》を驚《おどろ》かすに足る能力を有して居《い》る以上は使い様《よう》で砲撃の用《よう》には充分立つ。吾輩の眼を以《もっ》て観察した所では、彼等は此《この》運動術を利用して砲火の功《こう》を収《おさ》めんと企《くわだ》てつゝあるとしか思われない。物は云い様《よう》でどうでもなるものだ。慈善の名を借りて詐偽《さぎ》を働らき、インスピレーションと号して逆上をうれしがる者がある以上はベースボールなる遊戯の下《もと》に戦争をなさんとも限らない。或人《あるひと》の説明は世間一般のベースボールの事であろう。今吾輩が記述するベースボールは此《この》特別の場合に限らるゝベースボール即《すなわ》ち攻城的砲術である。是からダムダム弾を発射する方法を紹介する。直線に布《し》かれたる砲列の中の一人が、ダムダム弾を右の手に握って擂粉木《すりこぎ》の所有者に抛《ほう》りつける。ダムダム弾は何《なん》で製造したか局外者には分らない。堅い丸い石の団子の様《よう》なものを御鄭寧《ごていねい》に皮でくるんで縫い合せたものである。前《ぜん》申す通り此《この》弾丸が砲手の一人の手中《しゅちゅう》を離れて、風を切って飛んで行《ゆ》くと、向うに立った一人が例の擂粉木《すりこぎ》をやっと振り上げて、之《これ》を敲《たゝ》き返す。たまには敲《たゝ》き損《そこ》なった弾丸が流れて仕舞う事もあるが、大概はポカンと大きな音を立てゝ弾《は》ね返る。其《その》勢《いきおい》は非常に猛烈なものである。神経性胃弱なる主人の頭を潰《つぶ》す位は容易に出来る。砲手は是丈《これだけ》で事足るのだが、其《その》周囲附近には弥次馬兼|援兵《えんぺい》が雲霞《うんか》の如く付き添《そ》うて居《い》る。ポカーンと擂粉木《すりこぎ》が団子に中《あた》るや否《いな》やわー、ぱち/\/\と、わめく、手を拍《う》つ、やれ/\と云う。中《あた》ったろうと云う。是でも利《き》かねえかと云う。恐れ入らねえかと云う。降参かと云う。是丈《これだけ》ならまだしもであるが、敲《たゝ》き返された弾丸は三度に一度必ず臥龍窟《がりょうくつ》邸内へころがり込む。是がころがり込まなければ攻撃の目的は達せられんのである。ダムダム弾は近来|諸所《しょ/\》で製造するが随分高価なものであるから、いかに戦争でもそう充分な供給を仰《あお》ぐ訳には行《ゆ》かん。大抵一隊の砲手に一つ若《もし》くは二つの割である。ポンと鳴る度《たび》に此《この》貴重な弾丸を消費する訳には行《ゆ》かん。そこで彼等はたま拾《ひろい》と称する一部隊を設《もう》けて落弾《らくだん》を拾ってくる。落ち場所がよければ拾うのに骨も折れないが、草原《くさはら》とか人の邸内へ飛び込むとそう容易《たやす》くは戻って来ない。だから平生《へいぜい》なら成る可《べ》く労力を避ける為め、拾い易《やす》い所へ打ち落す筈《はず》であるが、此際《このさい》は反対に出る。目的が遊戯にあるのではない。戦争に存するのだから、わざとダムダム弾を主人の邸内に降らせる。邸内に降らせる以上は、邸内へ這入って拾わなければならん。邸内に這入る尤《もっと》も簡便な方法は四つ目垣を越えるにある。四つ目垣のうちで騒動すれば主人が怒《おこ》り出さなければならん。然《しか》らずんば兜《かぶと》を脱いで降参しなければならん。苦心の余《あまり》頭がだん/\禿《は》げて来なければならん。
 今しも敵軍から打ち出した一弾は、照準《しょうじゅん》誤《あやま》たず、四つ目垣を通り越して桐《きり》の木の下葉《したは》を振《ふる》い落して、第二の城壁《じょうへき》即《すなわ》ち竹垣に命中した。随分大きな音である。ニュートンの運動律第一に曰くもし他《た》の力を加うるにあらざれば、一度《ひとた》び動き出したる物体は均一の速度を以《もっ》て直線に動くものとす。もし此《この》律のみに因《よ》って物体の運動が支配せらるゝならば主人の頭は此《この》時にイスキラスと運命を同じくしたであろう。幸《さいわい》にしてニュートンは第一則を定むると同時に第二則も製造してくれたので、主人の頭は危《あや》うきうちに一命を取りとめた。運動の第二則に曰く運動の変化は、加えられたる力に比例す、而《しか》して其《その》力の働く直線の方向に於《おい》て起るものとす。是は何《なん》の事だか少しくわかり兼ねるが、かのダムダム弾が竹垣を突き通して、障子《しょうじ》を裂《さ》き破って主人の頭を破壊しなかった所を以《もっ》て見ると、ニュートンの御蔭《おかげ》に相違ない。しばらくすると案の如く敵は邸内に乗り込んで来たものと覚《おぼ》しく、「こゝか」「もっと左の方《ほう》か」抔《など》と棒で以《もっ》て笹の葉を敲《たゝ》き廻わる音がする。凡《すべ》て敵が主人の邸内へ乗り込んでダムダム弾を拾う場合には必ず特別な大きな声を出す。こっそり這入って、こっそり拾っては肝心の目的が達せられん。ダムダム弾は貴重かも知れないが、主人にからかうのはダムダム弾以上に大事である。此《この》時の如きは遠くから弾《たま》の所在地は判然して居《い》る。竹垣に中《あた》った音も知って居《い》る。中《あた》った場所も分って居《い》る、而《しか》して其《その》落ちた地面も心得て居《い》る。だから大人《おとな》しくして拾えば、いくらでも大人《おとな》しく拾える。ライブニッツの定義によると空間は出来|得《う》べき同在《どうざい》現象の秩序である。いろはにほへと[#「いろはにほへと」に傍点]はいつでも同じ順にあらわれてくる。柳の下には必ず鰌《どじょう》が居《い》る。蝙蝠《こうもり》に夕月はつきものである。垣根にボールは不似合かも知れぬ。然《しか》し毎日毎日ボールを人の邸内に抛《ほう》り込む者の眼に映ずる空間は慥《たし》かに此《この》排列に慣れて居《い》る。一眼《ひとめ》見ればすぐ分る訳だ。それを斯《かく》の如く騒ぎ立てるのは必竟《ひっきょう》ずるに主人に戦争を挑《いど》む策略である。
 こうなっては如何《いか》に消極的なる主人と雖《いえ》ども応戦しなければならん。さっき座敷のうちから倫理の講義をきいてにや/\して居た主人は奮然《ふんぜん》として立ち上がった。猛然として馳《か》け出した。驀然《ばくぜん》として敵の一人を生捕《いけど》った。主人にしては大出来《おおでき》である。大出来《おおでき》には相違ないが、見ると十四五の小供である。髯《ひげ》の生えて居《い》る主人の敵として少し不似合だ。けれども主人はこれで沢山《たくさん》だと思ったのだろう。詫《わ》び入《い》るのを無理に引っ張って椽側《えんがわ》の前迄連れて来た。こゝに一寸《ちょっと》敵の策略に就《つい》て一|言《ごん》する必要がある、敵は主人が昨日《きのう》の権幕《けんまく》を見て此《この》様子では今日も必ず自身で出馬するに相違ないと察した。其時《そのとき》万一逃げ損じて大僧《おおぞう》がつらまっては事面倒になる。こゝは一年生か二年生位な小供を玉拾いにやって危険を避けるに越した事はない。よし主人が小供をつらまえて愚図々々《ぐず/\》理窟を捏《こ》ね廻したって、落雲館の名誉には関係しない、こんなものを大人気《おとなげ》もなく相手にする主人の恥辱《ちじょく》になる許《ばか》りだ。敵の考《かんがえ》はこうであった。是が普通の人間の考《かんがえ》で至極《しごく》尤《もっと》もな所である。但《たゞ》敵は相手が普通の人間でないと云う事を勘定のうちに入れるのを忘れた許《ばか》りである。主人に此《これ》位の常識があれば昨日《きのう》だって飛び出しはしない。逆上は普通の人間を、普通の人間の程度以上に釣るし上げて、常識のあるものに、非常識を与える者である。女だの、小供だの、車引きだの、馬子《まご》だのと、そんな見境《みさか》いのあるうちは、未《ま》だ逆上を以《もっ》て人に誇るに足らん。主人の如く相手にならぬ中学一年生を生捕《いけど》って戦争の人質とする程の了見でなくては逆上家の仲間入りは出来ないのである。可哀《かあい》そうなのは捕虜である。単に上級生の命令によって玉拾いなる雑兵《ぞうひょう》の役を勤めたる所、運わるく非常識の敵将、逆上の天才に追い詰められて、垣越える間《ま》もあらばこそ、庭前《ていぜん》に引き据《す》えられた。こうなると敵軍は安閑と味方の恥辱《ちじょく》を見て居《い》る訳に行《ゆ》かない。我も我もと四つ目垣を乗りこして木戸口から庭中《ていちゅう》に乱れ入《い》る。其《その》数《すう》は約一ダース許《ばか》り、ずらりと主人の前に並んだ。大抵は上衣《うわぎ》もちょっ着《き》もつけて居《お》らん。白シャツの腕をまくって、腕組をしたのがある。綿《めん》ネルの洗いざらしを申し訳に背中|丈《だけ》へ乗せて居《い》るのがある。そうかと思うと白の帆木綿《ほもめん》に黒い縁《ふち》をとって胸の真中《まんなか》に花文字を、同じ色に縫いつけた洒落者《しゃれもの》もある。いずれも一騎当千の猛将と見えて、丹波《たんば》の国は笹山《さゝやま》から昨夜《ゆうべ》着《ちゃく》し立てゞ御座ると云わぬ許《ばかり》に、黒く逞《たくま》しく筋肉が発達して居《い》る。中学|抔《など》へ入れて学問をさせるのは惜しいものだ。漁師か船頭にしたら定めし国家の為めになるだろうと思われる位である。彼等は申し合せた如く、素足《すあし》に股引《もゝひき》を高くまくって、近火《きんか》の手伝《てつだい》にでも行《ゆ》きそうな風体《ふうてい》に見える。彼等は主人の前にならんだぎり黙然《もくねん》として一|言《ごん》も発しない。主人も口を開《ひら》かない。少時《しば》らくの間双方共|睨《にら》めくらをして居《い》るなかに一寸《ちょっと》殺気《さっき》がある。
 「貴様等はぬすっとう[#「ぬすっとう」に傍点]か」と主人は尋問《じんもん》した。大気焔《だいきえん》である。奥歯で噛み潰《つぶ》した癇癪玉《かんしゃくだま》が炎となって鼻の穴から抜けるので、小鼻が、いちじるしく怒《いか》って見える。越後獅子《えちごじし》の鼻は人間が怒《おこ》った時の恰好《かっこう》を形《かた》どって作ったものであろう。それでなくてはあんなに恐しく出来るものではない。
 「いえ泥棒ではありません。落雲館の生徒です」
 「うそをつけ。落雲館の生徒が無断で人の庭宅《ていたく》に侵入する奴があるか」
 「然《しか》し此《この》通りちゃんと学校の徽章《きしょう》のついて居《い》る帽子を被《かぶ》って居ます」
 「にせものだろう。落雲館の生徒なら何故《なぜ》むやみに侵入した」
 「ボールが飛び込んだものですから」
 「なぜボールを飛び込ました」
 「つい飛び込んだのです」
 「怪《け》しからん奴だ」
 「以後注意しますから、今度|丈《だけ》許して下さい」
 「どこの何者かわからん奴が垣を越えて邸内に闖入《ちんにゅう》するのを、そう容易《たやす》く許されると思うか」
 「夫《それ》でも落雲館の生徒に違いないんですから」
 「落雲館の生徒なら何年生だ」
 「三年生です」
 「屹度《きっと》そうか」
 「えゝ」
 主人は奥の方を顧《かえり》みながら、おいこら/\と云う。
 埼玉《さいたま》生れの御三が襖《ふすま》をあけて、へえと顔を出す。
 「落雲館へ行って誰か連れてこい」
 「誰を連れて参ります」
 「誰でもいゝから連れてこい」
 下女は「へえ」と答えたが、あまり庭前《ていぜん》の光景が妙なのと、使《つかい》の趣《おもむき》が判然としないのと、さっきからの事件の発展が馬鹿々々しいので、立ちもせず、坐りもせずにや/\笑って居《い》る。主人は是でも大戦争をして居る積《つも》りである。逆上的敏腕を大《おおい》に振《ふる》って居《い》る積《つも》りである。然《しか》る所自分の召し使《つかい》たる当然|此方《こっち》の肩を持つべきものが、真面目な態度を以《もっ》て事に臨《のぞ》まんのみか、用《よう》を言いつけるのを聞きながらにや/\笑って居《い》る。益《ます/\》逆上せざるを得ない。
 「誰でも構わんから呼んで来いと云うのに、わからんか。校長でも幹事でも教頭でも……」
 「あの校長さんを……」下女は校長と云う言葉|丈《だけ》しか知らないのである。
 「校長でも、幹事でも教頭でもと云って居《い》るのにわからんか」
 「誰も居《お》りませんでしたら小使《こづかい》でもよろしゅう御座いますか」
 「馬鹿を云え。小使《こづかい》抔《など》に何が分かるものか」
 こゝに至って下女も已《やむ》を得《え》んと心得たものか、「へえ」と云って出て行った。使《つかい》の主意は矢張り飲み込めんのである。小使《こづかい》でも引張《ひっぱ》って来はせんかと心配して居《い》ると、豈《あに》計《はか》らんや例の倫理の先生が表門から乗り込んで来た。平然と座に就《つ》くを待ち受けた主人は直《たゞ》ちに談判にとりかゝる。
 「只今邸内に此《この》者共が乱入致して……」と忠臣蔵の様《よう》な古風な言葉を使ったが「本当に御校《おんこう》の生徒でしょうか」と少々皮肉に語尾を切った。
 倫理の先生は別段驚いた様子もなく、平気で庭前《ていぜん》にならんで居《い》る勇士を一通り見廻わした上、もとの如く瞳を主人の方にかえして、下《しも》の如く答えた。
 「左様《さよう》みんな学校の生徒であります。こんな事のない様《よう》に始終訓戒を加えて置きますが……どうも困ったもので……何故《なぜ》君等は垣|抔《など》を乗り越すのか」
 さすがに生徒は生徒である、倫理の先生に向っては一|言《ごん》もないと見えて何《なん》とも云うものはない。大人《おとな》しく庭の隅《すみ》にかたまって羊の群が雪に逢った様《よう》に控えて居《い》る。
 「丸《たま》が這入るのも仕方がないでしょう。こうして学校の隣りに住んで居《い》る以上は、時々はボールも飛んで来ましょう。然《しか》し……あまり乱暴ですからな。仮令《たとい》垣を乗り越えるにしても知れない様《よう》に、そっと拾って行《ゆ》くなら、まだ勘弁の仕様もありますが……」
 「御尤《ごもっと》もで、よく注意は致しますが何分《なにぶん》多人数《たにんず》の事で……よく是から注意をせんといかんぜ。もしボールが飛んだら表から廻って、御断りをして取らなければいかん。いゝか。――広い学校の事ですからどうも世話ばかりやけて仕方がないです。で運動は教育上必要なものでありますから、どうも之《これ》を禁ずる訳には参りかねるので。之《これ》を許すとつい御迷惑になる様《よう》な事が出来ますが、是は是非|御容赦《ごようしゃ》を願いたいと思います。其《その》代り向後《こうご》は屹度《きっと》表門から廻って御断りを致した上で取らせますから」
 「いや、そう事が分かればよろしいです。球《たま》はいくら御投げになっても差支《さしつかえ》はないです。表からきて一寸《ちょっと》断わって下されば構いません。では此《この》生徒はあなたに御引き渡し申しますから御連れ帰りを願います。いやわざ/\御《お》呼び立て申して恐縮です」と主人は例に因《よ》って例の如く竜頭蛇尾《りゅうとうだび》の挨拶《あいさつ》をする。倫理の先生は丹波《たんば》の笹山《さゝやま》を連れて表門から落雲館へ引き上げる。吾輩の所謂《いわゆる》大事件は是で一《ひ》と先《ま》ず落着《らくちゃく》を告げた。何《なん》のそれが大事件かと笑うなら、笑うがいゝ。そんな人には大事件でない迄だ。吾輩は主人の[#「主人の」に傍点]大事件を写したので、そんな人の[#「そんな人の」に傍点]大事件を記《しる》したのではない。尻が切れて強弩《きょうど》の末勢《ばっせい》だ抔《など》と悪口《あっこう》するものがあるなら、是が主人の特色である事を記憶して貰いたい。主人が滑稽《こっけい》文の材料になるのも亦|此《この》特色に存する事を記憶して貰いたい。十四五の小供を相手にするのは馬鹿だと云うなら吾輩も馬鹿に相違ないと同意する。だから大町《おおまち》桂月《けいげつ》は主人をつらまえて未《いま》だ稚気を免《まぬが》れずと云うて居《い》る。
 吾輩は既に小事件を叙し了《おわ》り、今又大事件を述べ了《おわ》ったから、是より大事件の後《あと》に起る余瀾《よらん》を描《えが》き出《い》だして、全篇の結びを付ける積りである。凡《すべ》て吾輩のかく事は、口から出任《でまか》せのいゝ加減と思う読者もあるかも知れないが決してそんな軽率《けいそつ》な猫ではない。一字一句の裏《うち》に宇宙の一大哲理を包含《ほうがん》するは無論の事、其《その》一字一句が層々《そう/\》連続すると首尾|相《あい》応じ前後|相《あい》照らして、瑣談繊話《さだんせんわ》と思ってうっかりと読んで居たものが忽然《こつぜん》豹変《ひょうへん》して容易ならざる法語《ほうご》となるんだから、決して寝ころんだり、足を出して五|行《ぎょう》ごと一度に読むのだなどゝ云う無礼を演じてはいけない。柳《りゅう》宗元《そうげん》は韓退之《かんたいし》の文を読むごとに薔薇《しょうび》の水で手を清めたと云う位だから、吾輩の文に対してもせめて自腹で雑誌を買って来て、友人の御余りを借りて間《ま》に合わすと云う不始末|丈《だけ》はない事に致したい。是から述べるのは、吾輩|自《みずか》ら余瀾《よらん》と号するのだけれど、余瀾《よらん》ならどうせつまらんに極《きま》っている、読まんでもよかろう抔《など》と思うと飛んだ後悔をする。是非仕舞迄精読しなくてはいかん。
 大事件のあった翌日、吾輩は一寸《ちょっと》散歩がしたくなったから表へ出た。すると向う横町《よこちょう》へ曲がろうと云う角《かど》で金田の旦那と鈴木の藤《とう》さんがしきりに立ちながら話をして居《い》る。金田君は車で自宅《うち》へ帰る所、鈴木君は金田君の留守を訪問して引き返す途中で両人《ふたり》がばったりと出逢ったのである。近来は金田の邸内も珍らしくなくなったから、滅多にあちらの方角へは足が向かなかったが、こう御目に懸《かゝ》って見ると、何《なん》となく御懐《おなつ》かしい。鈴木にも久々《ひさ/″\》だから余所《よそ》ながら拝顔《はいがん》の栄《えい》を得て置こう。こう決心してのそ/\御両君の佇立《ちょりつ》して居《お》らるゝ傍《そば》近く歩み寄って見ると、自然両君の談話が耳に入《い》る。是は吾輩の罪ではない。先方が話して居《い》るのがわるいのだ。金田君は探偵さえ付けて主人の動静を窮《うか》がう位の程度の良心を有して居《い》る男だから、吾輩が偶然|君《きみ》の談話を拝聴したって怒《おこ》らるゝ気遣《きづかい》はあるまい。もし怒《おこ》られたら君《きみ》は公平と云う意味を御承知ないのである。とにかく吾輩は両君の談話を聞いたのである。聞きたくて聴いたのではない。聞きたくもないのに談話の方《ほう》で吾輩の耳の中へ飛び込んで来たのである。
 「只今御宅へ伺《うか》がいました所で、丁度よい所で御目にかゝりました」と藤《とう》さんは鄭寧《ていねい》に頭をぴょこつかせる。
 「うむ、そうかえ。実《じつ》は此間《こないだ》から、君に一寸《ちょっと》逢いたいと思って居たがね。それはよかった」
 「へえ、それは好都合で御座いました。何か御用で」
 「いや何、大した事でもないのさ。どうでもいゝんだが、君でないと出来ない事なんだ」
 「私《わたくし》に出来る事なら何《なん》でもやりましょう。どんな事で」
 「えゝ、そう……」と考えて居《い》る。
 「何《なん》なら、御都合のとき出直《でなお》して伺《うか》がいましょう。いつが宜《よろ》しゅう、御座いますか」
 「なあに、そんな大した事じゃあ無いのさ。――それじゃ折角《せっかく》だから頼もうか」
 「どうか御遠慮なく……」
 「あの変人ね。そら君の旧友さ。苦沙彌とか何《なん》とか云うじゃないか」
 「えゝ苦沙彌がどうかしましたか」
 「いえ、どうもせんがね。あの事件以来|胸糞《むなくそ》がわるくってね」
 「御尤《ごもっとも》で、全く苦沙彌は剛慢《ごうまん》ですから……少しは自分の社会上の地位を考えて居《い》るといゝのですけれども、丸で一人天下ですから」
 「そこさ。金に頭はさげん、実業家なんぞ――とか何《なん》とか、色々小生意気な事を云うから、そんなら実業家の腕前を見せてやろう、と思ってね。此間《こないだ》から大分《だいぶ》弱らして居《い》るんだが、矢っ張り頑張《がんば》って居《い》るんだ。どうも剛情《ごうじょう》な奴だ。驚ろいたよ」
 「どうも損徳と云う観念の乏《とぼ》しい奴ですから無暗《むやみ》に痩我慢《やせがまん》を張るんでしょう。昔からあゝ云う癖のある男で、つまり自分の損になる事に気が付かないんですから度《ど》し難《がた》いです」
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 「あはゝゝほんとに度《ど》し難《がた》い。色々手を易《か》え品《しな》を易《か》えてやって見るんだがね。とう/\仕舞に学校の生徒にやらした」
 「そいつは妙案ですな。利目《きゝめ》が御座いましたか」
 「これにゃあ、奴も大分《だいぶ》困った様《よう》だ。もう遠からず落城するに極《きま》っている」
 「そりゃ結構です。いくら威張っても多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》ですからな」
 「そうさ、一人じゃあ仕方がねえ。それで大分《だいぶ》弱った様《よう》だが、まあどんな様子か君に行って見て来てもらおうと云うのさ」
 「はあ、そうですか。なに訳はありません。すぐ行って見ましょう。容子《ようす》は帰りがけに御報知を致す事にして。面白いでしょう、あの頑固なのが意気消沈《いきしょうちん》して居《い》る所は、屹度《きっと》見物《みもの》ですよ」
 「あゝ、それじゃ帰りに御寄り、待っているから」
 「それでは御免|蒙《こうむ》ります」
 おや今度も亦|魂胆《こんたん》だ、成程実業家の勢力はえらいものだ、石炭の燃殻《もえがら》の様《よう》な主人を逆上させるのも、苦悶の結果主人の頭が蠅滑《はえすべ》りの難所《なんじょ》となるのも、其《その》頭がイスキラスと同様の運命に陥《おちい》るのも皆実業家の勢力である。地球が地軸を廻転するのは何《なん》の作用かわからないが、世の中を動かすものは慥《たし》かに金である。此《この》金の功力《くりき》を心得て、此《この》金の威光を自由に発揮するものは実業家諸君を置いて外《ほか》に一人《ひとり》もない。太陽が無事に東から出て、無事に西へ入《い》るのも全く実業家の御蔭《おかげ》である。今迄はわからずやの窮措大《きゅうそだい》の家に養なわれて実業家の御利益《ごりやく》を知らなかったのは、我ながら不覚である。それにしても冥頑《めいがん》不霊《ふれい》の主人も今度は少し悟らずばなるまい。是でも冥頑《めいがん》不霊《ふれい》で押し通す了見だと危ない。主人の尤《もっと》も貴重する命があぶない。彼は鈴木君に逢ってどんな挨拶《あいさつ》をするのか知らん。其《その》模様で彼の悟り具合も自《おのず》から分明《ぶんみょう》になる。愚図々々《ぐず/\》しては居《お》られん、猫だって主人の事だから大《おおい》に心配になる。早々《そう/\》鈴木君をすり抜けて御先《おさき》へ帰宅する。
 鈴木君は不相変《あいかわらず》調子のいゝ男である。今日は金田の事などはおくびにも出さない。連《しき》りに当り障《さわ》りのない世間話を面白そうにして居《い》る。
 「君少し顔色が悪るい様《よう》だぜ、どうかしやせんか」
 「別にどこも何《なん》ともないさ」
 「でも蒼いぜ、用心せんといかんよ。時候がわるいからね。よるは安眠が出来るかね」
 「うん」
 「何か心配でもありやしないか、僕に出来る事なら何《なん》でもするぜ。遠慮なく云い給え」
 「心配って、何を?」
 「いえ、なければいゝが、もしあればと云う事さ。心配が一番毒だからな。世の中は笑って面白く暮すのが得《とく》だよ。どうも君はあまり陰気過ぎる様《よう》だ」
 「笑うのも毒だからな。無暗《むやみ》に笑うと死ぬ事があるぜ」
 「冗談云っちゃいけない。笑う門《かど》には福|来《きた》るさ」
 「昔し希臘《ギリシャ》にクリシッパスと云う哲学者があったが、君は知るまい」
 「知らない。それがどうしたのさ」
 「其《その》男が笑い過ぎて死んだんだ」
 「へえー、そいつは不思議だね。然《しか》しそりゃ昔の事だから……」
 「昔しだって今だって変りがあるものか。驢馬《ろば》が銀の丼から無花果《いちじゅく》を食うのを見て、可笑《おか》しくって堪《たま》らなくって無暗《むやみ》に笑ったんだ。所がどうしても笑いがとまらない。とう/\笑い死にゝ死んだんだあね」
 「はゝゝ然《しか》しそんなに留《と》め度《ど》もなく笑わなくってもいゝさ。少し笑う――適宜《てきぎ》に、――そうするといゝ心持ちだ」
 鈴木君がしきりに主人の動静を研究して居《い》ると、表の門ががら/\とあく、客来《きゃくらい》かと思うとそうでない。
 「一寸《ちょっと》ボールが這入りましたから、取らして下さい」
 下女は台所から「はい」と答える。書生は裏手へ廻る。鈴木は妙な顔をして何《なん》だいと聞く。
 「裏の書生がボールを庭へ投げ込んだんだ」
 「裏の書生?裏に書生が居《い》るのかい」
 「落雲館と云う学校さ」
 「あゝそうか、学校か。随分騒々しいだろうね」
 「騒々しいの何《なん》のって。碌々《ろく/\》勉強も出来やしない。僕が文部大臣なら早速《さっそく》閉鎖を命じてやる」
 「ハヽヽ大分《だいぶ》怒《おこっ》たね。何か癪《しゃく》に障《さわ》る事でも有るのかい」
 「あるのないのって、朝から晩迄|癪《しゃく》に障《さわ》り続けだ」
 「そんなに癪《しゃく》に障《さわ》るなら越せばいゝじゃないか」
 「誰が越すもんか、失敬千万《しっけいせんばん》な」
 「僕に怒《おこ》ったって仕方がない、なあに小供だあね。打《うっ》ちゃって置けばいゝさ」
 「君はよかろうが僕はよくない。昨日《きのう》は教師を呼びつけて談判してやった」
 「それは面白かったね。恐れ入ったろう」
 「うん」
 此《この》時又|門口《かどぐち》をあけて、「一寸《ちょっと》ボールが這入りましたから取らして下さい」と云う声がする。
 「いや大分《だいぶ》来るじゃないか、又ボールだぜ君」
 「うん、表から来る様《よう》に契約したんだ」
 「成程それであんなにくるんだね。そうーか、分った」
 「何が分ったんだい」
 「なに、ボールを取りにくる源因《げんいん》がさ」
 「今日は是で十六|返目《ぺんめ》だ」
 「君うるさくないか。来ない様《よう》にしたらいゝじゃないか」
 「来ない様《よう》にするったって、来るから仕方がないさ」
 「仕方がないと云えば夫迄《それまで》だが、そう頑固にして居ないでもよかろう。人間は角《かど》があると世の中を転《ころ》がって行《ゆ》くのが骨が折れて損だよ。丸いものはごろ/\どこへでも苦なしに行《ゆ》けるが四角なものはころがるに骨が折れる許《ばか》りじゃない、転《ころ》がるたびに角《かど》がすれて痛いものだ。どうせ自分一人の世の中じゃなし、そう自分の思う様《よう》に人はならないさ。まあ何《なん》だね。どうしても金のあるものに、たてを突いちゃ損だね。只神経|許《ばか》り痛めて、からだは悪くなる、人は褒《ほ》めてくれず。向うは平気なものさ。坐って人を使いさえすれば済むんだから。多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》どうせ、叶《かな》わないのは知れて居《い》るさ。頑固もいゝが、立て通す積りで居《い》るうちに、自分の勉強に障《さわ》ったり、毎日の業務に煩《はん》を及ぼしたり、とゞの詰りが骨折り損の草臥《くたびれ》儲《もう》けだからね」
 「御免なさい。今|一寸《ちょっと》ボールが飛びましたから、裏口へ廻って、取ってもいゝですか」
 「そら又来たぜ」と鈴木君は笑って居《い》る。
 「失敬な」と主人は真赤《まっか》になって居《い》る。
 鈴木君はもう大概訪問の意《い》を果したと思ったから、それじゃ失敬ちと来給えと帰って行《ゆ》く。
 入れ代ってやって来たのが甘木先生である。逆上家が自分で逆上家だと名乗る者は昔しから例が少ない、是は少々変だなと覚《さと》った時は逆上の峠はもう越して居《い》る。主人の逆上は昨日《きのう》の大事件の際《さい》に最高度に達したのであるが、談判も竜頭蛇尾《りゅうとうだび》たるに係《かゝわ》らず、どうかこうか始末がついたので其《その》晩書斎でつく/″\考えて見ると少し変だと気が付いた。尤《もっとも》落雲館が変なのか、自分が変なのか疑《うたがい》を存する余地は充分あるが、何しろ変に違《ちがい》ない。いくら中学校の隣に居《きょ》を構えたって、斯《かく》の如く年《ねん》が年中|肝癪《かんしゃく》を起しつゞけはちと変だと気が付いた。変であって見ればどうかしなければならん。どうするったって仕方がない、矢張り医者の薬でも飲んで肝癪《かんしゃく》の源《みなもと》に賄賂《わいろ》でも使って慰撫《いぶ》するより外《ほか》に道はない。こう覚《さと》ったから平生《へいぜい》かゝりつけの甘木先生を迎えて診察を受けて見様《みよう》と云う量見《りょうけん》を起したのである。賢《けん》か愚《ぐ》か、其辺《そのへん》は別問題として、兎に角自分の逆上に気が付いた丈《だけ》は殊勝《しゅしょう》の志《こゝろざし》、奇特《きどく》の心得と云わなければならん。甘木先生は例の如くにこ/\と落付《おちつ》き払って、「如何《どう》です」と云う。医者は大抵|如何《どう》ですと云うに極《き》まってる。我輩は「如何《どう》です」と云わない医者はどうも信用を置く気にならん。
 「先生どうも駄目ですよ」
 「え、何そんな事があるものですか」
 「一体医者の薬は利《き》くものでしょうか」
 甘木先生も驚ろいたが、そこは温厚の長者《ちょうしゃ》だから、別段激した様子もなく、
 「利《き》かん事もないです」と穏《おだや》かに答えた。
 「私の胃病なんか、いくら薬を飲んでも同じ事ですぜ」
 「決して、そんな事はない」
 「ないですかな。少しは善《よ》くなりますかな」と自分の胃の事を人に聞いて見る。
 「そう急には、癒《なお》りません。だん/\利《き》きます。今でももとより大分《だいぶ》よくなって居ます」
 「そうですかな」
 「矢張り肝癪《かんしゃく》が起りますか」
 「起りますとも、夢に迄|肝癪《かんしゃく》を起します」
 「運動でも、少しなさったらいゝでしょう」
 「運動すると、猶《なお》肝癪《かんしゃく》が起ります」
 甘木先生もあきれ返ったものと見えて、
 「どれ一つ拝見しましょうか」と診察を始める。診察を終るのを待ちかねた主人は、突然大きな声を出して、
 「先生、先達《せんだっ》て催眠術のかいてある本を読んだら、催眠術を応用して手癖のわるいんだの、色々な病気だのを直《なお》す事が出来ると書いてあったですが、本当でしょうか」と聞く。
 「えゝ、そう云う療法もあります」
 「今でもやるんですか」
 「えゝ」
 「催眠術をかけるのは六《む》ずかしいものでしょうか」
 「なに訳はありません。私などもよく懸けます」
 「先生もやるんですか」
 「えゝ、一つやって見ましょうか。誰でも懸《かゝ》らなければならん理窟のものです。あなたさえ善《よ》ければ懸けて見ましょう」
 「そいつは面白い、一つ懸けて下さい。私もとうから懸かって見たいと思ったんです。然《しか》し懸かりきりで眼が覚めないと困るな」
 「なに大丈夫です。それじゃ遣《や》りましょう」
 相談は忽《たちま》ち一決して、主人は愈《いよ/\》催眠術を懸けらるゝ事となった。吾輩は今迄こんな事を見た事がないから心ひそかに喜んで其《その》結果を座敷の隅《すみ》から拝見する。先生はまず、主人の眼からかけ始めた。其《その》方法を見て居《い》ると、両眼の上瞼《うわまぶた》を上から下へと撫でゝ、主人が既に眼を眠って居《い》るにも係《かゝわ》らず、しきりに同じ方向へくせを付けたがって居《い》る。しばらくすると先生は主人に向って「こうやって、瞼《まぶた》を撫でゝ居《い》ると、だん/\眼が重たくなるでしょう」と聞いた。主人は「成程重くなりますな」と答える。先生は猶《なお》同じ様《よう》に撫でおろし、撫でおろし「だん/\重くなりますよ、ようござんすか」と云う。主人も其《その》気になったものか、何《なん》とも云わずに黙って居《い》る。同じ摩擦法は又三四分繰り返される。最後に甘木先生は「さあもう開《あ》きませんぜ」と云われた。可哀想《かあいそう》に主人の眼はとう/\潰《つぶ》れて仕舞った。「もう開《あ》かんのですか」「えゝもうあきません」主人は黙然《もくねん》として目を眠って居《い》る。吾輩は主人がもう盲目《めくら》になったものと思い込んで仕舞った。しばらくして先生は「あけるなら開《あ》いて御覧なさい。到底あけないから」と云われる。「そうですか」と云うが早いか主人は普通の通り両眼を開《あ》いて居た。主人はにや/\笑いながら「懸かりませんな」と云うと甘木先生も同じく笑いながら「えゝ、懸《かゝ》りません」と云う。催眠術は遂《つい》に不成功に了《おわ》る。甘木先生も帰る。
 其《その》次に来たのが――主人のうちへ此《この》位客の来た事はない。交際の少ない主人の家にしては丸で嘘の様《よう》である。然《しか》し来たに相違ない。しかも珍客が来た。吾輩が此《この》珍客の事を一|言《ごん》でも記述するのは単に珍客であるが為ではない。吾輩は先刻申す通り大事件の余瀾《よらん》を描《えが》きつゝある。而《しか》して此《この》珍客は此《この》余瀾《よらん》を描《えが》くに方《あた》って逸《いっ》すべからざる材料である。何《なん》と云う名前か知らん、只顔の長い上に、山羊《やぎ》の様《よう》な髯《ひげ》を生やして居《い》る四十前後の男と云えばよかろう。迷亭の美学者たるに対して、吾輩は此《この》男を哲学者と呼ぶ積りである。なぜ哲学者と云うと、何も迷亭の様《よう》に自分で振り散らすからではない、只主人と対話する時の様子を拝見して居《い》ると如何《いか》にも哲学者らしく思われるからである。是も昔しの同窓《どうそう》と見えて両人《ふたり》共応対振りは至極《しごく》打ち解けた有様《ありさま》だ。
 「うん迷亭か、あれは池に浮いてる金魚麩《きんぎょふ》の様《よう》にふわ/\しているね。先達《せんだっ》て友人を連れて一面識もない華族の門前を通行した時、一寸《ちょっと》寄って茶でも飲んで行《ゆ》こうと云って引っ張り込んだそうだが随分呑気だね」
 「夫《それ》でどうしたい」
 「どうしたか聞いても見なかったが、――そうさ、まあ天稟《てんぴん》の奇人だろう、其《その》代り考《かんがえ》も何もない全く金魚麩だ。鈴木か、――あれがくるのかい、へえー、あれは理窟はわからんが世間的には利口な男だ。金時計は下《さ》げられるたちだ。然《しか》し奥行きがないから落ちつきがなくって駄目だ。円滑々々と云うが、円滑の意味も何もわかりはせんよ。迷亭が金魚麩ならあれは藁《わら》で括《くゝ》った蒟蒻《こんにゃく》だね。たゞわるく滑《なめら》かでぶる/\振《ふる》えて居《い》る許《ばか》りだ」
 主人は此《この》奇警《きけい》な比喩《ひゆ》を聞いて、大《おおい》に感心したものらしく、久し振りでハヽヽと笑った。
 「そんなら君は何《なん》だい」
 「僕か、そうさな僕なんかは、――まあ自然薯《じねんじょ》位な所だろう。長くなって泥の中に埋《うま》ってるさ」
 「君は始終泰然として気楽な様《よう》だが、羨《うらや》ましいな」
 「なに普通の人間と同じ様《よう》にして居《い》る許《ばか》りさ。別に羨《うらや》まれるに足る程の事もない。只|難有《ありがた》い事に人を羨《うらや》む気も起らんから、夫《そ》れ丈《だけ》いゝね」
 「会計は近頃豊かゝね」
 「なに同じ事さ。足るや足らずさ。然《しか》し食うて居《い》るから大丈夫。驚かないよ」
 「僕は不愉快で、肝癪《かんしゃく》が起って堪《たま》らん。どっちを向いても不平|許《ばか》りだ」
 「不平もいゝさ。不平が起ったら起して仕舞えば当分はいゝ心持ちになれる。人間は色々だから、そう自分の様《よう》に人にもなれと勧《すゝ》めたって、なれるものではない。箸は人と同じ様《よう》に持たんと飯が食いにくいが、自分の麺麭《パン》は自分の勝手に切るのが一番都合がいゝ様《よう》だ。上手《じょうず》な仕立屋で着物をこしらえれば、来たてから、からだに合ったのを持ってくるが、下手《へた》の裁縫屋《したてや》に誂《あつら》えたら当分は我慢しないと駄目さ。然《しか》し世の中はうまくしたもので、着て居《い》るうちには洋服の方《ほう》で、こちらの骨格に合わしてくれるから。今の世に合う様《よう》に上等な両親が手際《てぎわ》よく生んでくれゝば、それが幸福なのさ。然《しか》し出来損《できそ》こなったら世の中に合わないで我慢するか、又は世の中で合わせる迄|辛抱《しんぼう》するより外《ほか》に道はなかろう」
 「然《しか》し僕なんか、いつ迄立っても合いそうにないぜ、心細いね」
 「あまり合わない脊広《せびろ》を無理にきると綻《ほころ》びる。喧嘩をしたり、自殺をしたり騒動が起るんだね。然《しか》し君なんか只面白くないと云う丈《だけ》で自殺は無論しやせず、喧嘩だって遣《や》った事はあるまい。まあ/\いゝ方《ほう》だよ」
 「所が毎日喧嘩ばかりしているさ。相手が出て来なくっても怒《おこ》って居《お》れば喧嘩だろう」
 「成程|一人喧嘩《ひとりげんか》だ。面白いや、いくらでもやるがいゝ」
 「それがいやになった」
 「そんならよすさ」
 「君の前だが自分の心がそんなに自由になるものじゃない」
 「まあ全体何がそんなに不平なんだい」
 主人は是《こゝ》に於《おい》て落雲館事件を始めとして、今戸焼の狸《たぬき》から、ぴん助、きしゃご其《その》ほかあらゆる不平を挙《あ》げて滔々《とう/\》と哲学者の前に述べ立てた。哲学者先生はだまって聞いて居たが、漸《ようや》く口を開《ひら》いて、かように主人に説き出した。
 「ぴん助やきしゃごが何を云ったって知らん顔をして居《お》ればいゝじゃないかどうせ下《くだ》らんのだから。中学の生徒なんか構う価値があるものか。なに妨害になる。だって談判しても、喧嘩をしても其《その》妨害はとれんのじゃないか。僕はそう云う点になると西洋人より昔しの日本人の方《ほう》が余程えらいと思う。西洋人のやり方《かた》は積極的積極的と云って近頃|大分《だいぶ》流行《はや》るが、あれは大《だい》なる欠点を持って居《い》るよ。第一積極的と云ったって際限がない話しだ。いつ迄積極的にやり通したって、満足と云う域《いき》とか完全と云う境《さかい》にいけるものじゃない。向《むこう》に檜《ひのき》があるだろう。あれが目障《めざわ》りになるから取り払う。と其《その》向うの下宿屋が又邪魔になる。下宿屋を退去させると、其《その》次の家が癪《しゃく》に触《さわ》る。どこ迄行っても際限のない話しさ。西洋人の遣《や》り口はみんな是さ。ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人《ひとり》もないんだよ。人が気に喰わん、喧嘩をする、先方が閉口《へいこう》しない、法庭《ほうてい》へ訴える、法庭《ほうてい》で勝つ、夫《それ》で落着《らくちゃく》と思うのは間違《まちがい》さ。心の落着《らくちゃく》は死ぬ迄|焦《あせ》ったって片付く事があるものか。寡人《かじん》政治がいかんから、代議政体にする。代議がいかんから、又何かしたくなる。川が生意気だって橋をかける、山が気に喰わんと云って隧道《トンネル》を掘る。交通が面倒だと云って鉄道を布《し》く。夫《それ》で永久満足が出来るものじゃない。去ればと云って人間だものどこ迄積極的に我意《がい》を通す事が出来るものか。西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大《おおい》に違う所は、根本的に周囲の境遇《きょうぐう》は動かすべからざるものと云う一大仮定の下《もと》に発達して居《い》るのだ。親子の関係が面白くないと云って欧洲人《おうしゅうじん》の様《よう》に此《この》関係を改良して落ち付きをとろうとするのではない。親子の関係は在来の儘《まゝ》で到底動かす事が出来んものとして、其《その》関係の下《もと》に安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間柄も其《その》通り、武士町人の区別も其《その》通り、自然|其物《そのもの》を観《み》るのも其《その》通り。――山があって隣国《りんごく》へ行《ゆ》かれなければ、山を崩すと云う考《かんがえ》を起す代りに隣国《りんごく》へ行《ゆ》かんでも困らないと云う工夫をする。山を越さなくとも満足だと云う心持ちを養成するのだ。それだから君見給え。禅家《ぜんけ》でも儒家《じゅか》でも屹度《きっと》根本的に此《この》問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中は到底|意《い》の如くなるものではない、落日《らくじつ》を回《めぐ》らす事も、加茂川《かもがわ》を逆《さか》に流す事も出来ない。只出来るものは自分の心|丈《だけ》だからね。心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか、今戸焼の狸《たぬき》でも構わんで居《お》られそうなものだ。ぴん助なんか愚《ぐ》な事を云ったら此《この》馬鹿野郎と澄まして居《お》れば仔細なかろう。何《なん》でも昔しの坊主は人に斬り付けられた時電光|影裏《えいり》に春風《しゅんぷう》を斬るとか、何《なん》とか洒落《しゃ》れた事を云ったと云う話だぜ。心の修業がつんで消極の極《きょく》に達するとこんな霊活《れいかつ》な作用が出来るのじゃないかしらん。僕なんか、そんな六《む》ずかしい事は分らないが、とにかく西洋人風の積極主義|許《ばか》りがいゝと思うのは少々誤まって居《い》る様《よう》だ。現に君がいくら積極主義に働いたって、生徒が君をひやかしにくるのをどうする事も出来ないじゃないか。君の権力であの学校を閉鎖するか、又は先方が警察に訴える丈《だけ》のわるい事をやれば格別だが、さもない以上は、どんなに積極的に出たったて勝てっこないよ。もし積極的に出るとすれば金の問題になる。多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》の問題になる。換言《かんげん》すると君が金持に頭を下げなければならんと云う事になる。衆を恃《たの》む小供に恐れ入らなければならんと云う事になる。君の様《よう》な貧乏人でしかもたった一人で積極的に喧嘩をしようと云うのが抑《そもそ》も君の不平の種さ。どうだい分ったかい」
 主人は分ったとも、分らないとも言わずに聞いて居た。珍客が帰ったあとで書斎へ這入って書物も読まずに何か考えて居た。
 鈴木の藤《とう》さんは金と衆とに従えと主人に教えたのである。甘木先生は催眠術で神経を沈めろと助言《じょごん》したのである。最後の珍客は消極的の修養で安心を得ろと説法したのである。主人がいずれを択《えら》ぶかは主人の随意である。只|此儘《このまゝ》では通されないに極まって居《い》る。

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